ユキスナの歴史散歩

戦国史跡巡りが好きで色々な場所を訪れては写真を撮ったりしています。その中で面白い事や場所やお土産とか気がついたことを記事にしていきたいと思います。歴史散歩の中ではカエルとして登場するのでよろしくお願いします。

真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 前編

皆様こんにちは(^^)/ユキスナです。

今回はあの大河ドラマ真田丸でも有名な上州のお城

真田一族が誇る岩櫃城に出陣したいと思います。

岩櫃山をトレッキングしてきた様子も合わせて

記事にしていきますよ!

それでは初めに岩櫃城跡までの交通手段を

見ていきましょう。

東京の上野駅から北陸新幹線高崎駅まで行き

高崎駅から吾妻線郷原駅まで区間14駅です。

真田氏が勝頼公のために建築した屋敷跡地である

潜龍院跡地までは歩いて25分くらいですかね。

潜龍院跡地に行かず岩櫃城跡に直接行く場合は、

群馬原町駅で降りて歩いて行けます。

私の場合は潜龍院跡地から岩櫃山の尾根を

トレッキングしながら岩櫃城跡の方に行ったので、

行く場合はちゃんとトレッキングの装備は

整えておいたほうが良いですよ。

f:id:yuki-snu2:20220920222801j:image

駅の近くや潜龍院跡地に行く途中には岩櫃山

登る登山道などわかるマップが設置されて

いるので、是非参考にしてみてください。

途中道に迷いそうになる所があるので、

注意してくださいね。
f:id:yuki-snu2:20220921214648j:image

ひたすら歩いていくと、ようやく潜龍院跡地に

到着しました。

この場所には簡易トイレもあるので、

そのまま登山に行かれる方も安心でございます。

あくまでも簡易トイレなので水に流せる

ティッシュなどがあると、

トイレットペーパーが無い!という悲劇は

防げるかと思いますw


f:id:yuki-snu2:20220921215717j:image

この潜龍院跡地(古谷御殿)とも言われていて、

織田徳川との戦いで劣勢になった主君の

武田勝頼公を迎えるべく3日で造りあげた

御殿であり、守りも完璧です。

東には郷原城があり西は多勢が容易に攻め込めない

狭い道であり、南は土塁と急斜面により守りを固め

北は岩櫃山がそびえ立つ鉄壁の防御です。

もし勝頼公が小山田信茂がいる岩殿城に行かずに、

真田昌幸がいる岩櫃城に来ていれば…

何度もそう考えてしまいますね。

この場所に来ると余計に想いが強くなります。
f:id:yuki-snu2:20220921215742j:image

では登山道を通り岩櫃城の本丸のある場所へ

向かいたいと思います。

ここから向かうには赤岩通りと十二様通りがあり、

最初赤岩通りから行こうと思いましたが、

まだまだ登山初心者の私は断念して

十二様通りの方からチャレンジする事に

しました。何度も言いますがトレッキング装備を

きちんと整えてから挑戦してくださいね。

念の為熊よけの鈴とかもあった方が良いかも

しれません。



f:id:yuki-snu2:20221114214146j:image

f:id:yuki-snu2:20220921215816j:image

潜龍院跡地の奥の方にある矢印の看板に

向かって歩いて行きますと、

東の防御の要である出城の一つの

郷原城跡地がございます。

堀切や竪堀はわかりづらいかもしれませんね(^_^;)

もう少し見たいところですが、先に進みましょう。

ここまでの道はまだ優しい感じです。


f:id:yuki-snu2:20220921220304j:image

f:id:yuki-snu2:20220921220503j:image

ここから岩櫃城の本丸までの道のりはけっこう

険しい場所もあります。

ここは極端に狭い道になっており、鎖が設置

されています。足元が安定せず危ないので

この場所は注意が必要です。

十二様通り最大の難関と言っても過言では

ないと思います。

鎖をしっかり掴み足を何処の位置におくか

慎重に考えゆっくり進みましょう。
f:id:yuki-snu2:20220921220526j:image

この難所を通り越して少し歩いて行くと、

赤岩通りの鎖場と合流します。

赤岩通りと言う名前の通りここらへんの

岩盤は赤くなってますね。

それではここら辺で少し休んでから、

尾根を進んで行くとしましょう。
f:id:yuki-snu2:20220921220832j:image

矢印の案内板が見えてきますが道が

わかりにくいので、気おつけてくださいね(^_^)

山頂の方向の道標もありますが今回は

岩櫃城跡地の方に向かいます。


f:id:yuki-snu2:20221114212559j:image

本丸跡地に向かう前に眺めの良い場所があるので

上州の山々を見ていきましょう。

麓の方を見ると岩櫃城に攻め来る敵の動きが

手に取るようにわかりますね。
f:id:yuki-snu2:20220921221100j:image
そしてここから少し行くと天狗岩が眼前に

現れます。何故天狗岩なのかはわかりませんが、

この岩の形が天狗の鼻のように見えるからかな(^_^;)


f:id:yuki-snu2:20221114212958j:image

ここらへんまで来たら中間地点ですね。
今回はここまでが前半でございます。

 

後半は次回の記事で紹介します(^_^)/では

 

真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 前編  おわり

 

 

真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 後編へ 

南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編

こんにちはユキスナです(^_^)/

今回は南総里見八犬伝ゆかりの地巡り後編を記事に

していきますよ!知ってる情報もあるかも

しれませんが温かい気持ちで読んでみてください。

それでは館山駅から出発しましょう。

館山駅西口の観光まちづくりセンターには

レンタサイクルもあるので

利用してみるのも良いですよ。

バスより小回りがきくので、

観光名所めぐるには最適かと思われます。

1つ気おつけたいのはわりと道が狭いので

車には注意したほうが良いということですね。

そしてレンタル自転車の種類はというと、

*電動アシスト付自転車

1日2000円 2日目(10%割引)1800円

利用時間9:30〜17:00

団体(10名以上)10%割引

1時間以上2時間未満500円

2時間以上3時間未満750円

3時間以上4時間未満1000円

4時間以上5時間未満1250円

5時間以上1500円

1泊する方は利用料金+500円

 

*クロスバイク

1日3000円 2日目(10%割引)2700円

*ロードバイク Eバイク

1日5000円 2日目(10%割引)4500円

団体(10名以上)10%割引

貸出、返却場所は館山駅西口観光案内所です。

f:id:yuki-snu2:20220811223411j:image

 

里見八犬伝の物語をより詳しく知るために館山城へ

 

まずはせっかくなので地名にもなっている

北条海岸の方に行って、海を見に行ってみましょう。

夏の南房の海は綺麗で最高ですね(^^)

暑い日が続いてると海に入って泳ぎたくなります。

ちなみにこの北条海岸はあの戦国時代の北条氏に

関連した場所ではありませんよ(^.^;


f:id:yuki-snu2:20220811223542j:image

では海風を感じながら海沿いを館山城方面に

移動したいと思います。

海からも城は見えましたが、近くに来ると

よりわかりますね。

館山城の天守は福井県の丸岡城をモデルにした

模擬天守だそうです。

カッコイイですよね。


f:id:yuki-snu2:20220811223653j:image

 

館山城は現在城山公園として整備されていて、

親子連れでも恋人と来ても、一人できても

楽しめます。


f:id:yuki-snu2:20220811223845j:image

では天守行く前に何か食べたいと思う方には、

城山公園入口近くにある、里見茶屋が

オススメですよ。

里見茶屋 甘味処·和菓子

営業時間は10:00〜18:00です。

クレジットカードは利用不可

座席は25席程度ですね。

 

f:id:yuki-snu2:20220811223915j:image

メニューはお団子メインですが、

かき氷やジェラートなどもあります。

ガッツリ食べたい方には城山やみつきポークカレー

などもありますよ。

単品で色々な種類のお団子がありますが、

私のオススメは団子セットの房州里見団子です。

八犬士にちなんで八本の色々な種類の

団子が少しずつ楽しめます。

こしあん団子、つぶあん団子、ごまあん団子

くるみあん団子、ずんだ団子、ピーナッツ団子

みたらし団子、しろあん団子(はちみつ入り)

930円でございます。


f:id:yuki-snu2:20220811223940j:image

お腹がいっぱいになったところで、

いよいよ本丸がある場所に

向かってみましょう。

館山城は1580(天正8年)里見義頼が築城した

城で平山城です。

坂を上がる前に切岸も見ていくと良いでしょう。

急斜面を石垣代わりにした人工の城壁が

残されています。

それでは木々に囲まれた坂道を少し進むと、

本郭東側に位置していた新御殿があったとされる

場所が見えてきます。この場所は最後の城主である

里見忠義公の御殿跡があった場所であります。


f:id:yuki-snu2:20220811224052j:image

f:id:yuki-snu2:20220918162953j:image

今では御殿跡地がお洒落な花のお庭に

整備されていました。

戦国時代に活躍したお城の敷地にひまわりの花が

咲いてるのは、時の流れを感じ現在平和だという

事がよくわかりますね。では模擬天守に行きたいと

思います(^_^)/


f:id:yuki-snu2:20220811224316j:image

現在は城山公園として整備されているので、

ここまで簡単に上がってこれますが、

戦国時代は簡単に城攻めできないように

造っていたと思うので、ギャップを

感じたりして楽しむのも良いですね。

階段を上がっていくと八犬伝博物館である

模擬天守が姿を現します!

模擬天守の近くには里見城跡石碑があり、

その石碑の近くに里見の千力猿の像もあります。

この千力猿は戦国時代に里見家に飼われていた

猿で、千人力の怪力を誇り敵との合戦の時には

大活躍したという伝説があります。


f:id:yuki-snu2:20220918123025j:image

f:id:yuki-snu2:20220811224409j:image

千力猿は今も里見家を守っているのですかね。

千力猿の力に少しでもあやかりたいと思い

願いを込めて祈り、まずは博物館の中に入って

みようと思います。

 

八犬伝博物館(お城)·館山市立本館博物館

開館時間 9:00〜16:45(16:30分までの入館)

休館日 毎週月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)

                    年末年始

           個人   団体

観覧料 通常期 一般 400円            300円

        小·中学生、高校生 200円           150円

特別展会期中     500円   400円

           300円   250円

博物館 1階 NHK人形劇場「新八犬伝」のビデオ

      放送もされていたり、人形劇場で

      使用された人形の犬塚信乃、浜路、

      犬山道節なども展示されています。

      里見八犬伝のストーリーがわかるように

      登場人物の紹介などしています。

    2階〜3階はより内容がわかるように

    物語を解説しながら絵や文字で

    展示されていて、一つの本を見てる

    かのようにわかりやすくしてあります。

    犬の八房と育ての親のタヌキの模型も

    ありますよ。

    この博物館に来る前に予習として

    里見八犬伝の本を読んでくるとより

    楽しめると思いますよ(^^)

    そして4階展望台は

    館山湾と館山の街が一望できます!

    晴れた日は特に綺麗なので是非

    訪れてみてください。

    この場所から海の方は丸見えなので

    敵が海から来てもすぐわかりますね。

こちらの館山城の博物館の方は主に里見八犬伝

関連の展示物中心です。

お城の下の方にある本館で里見氏関連の歴史

展示物や民俗展示物や企画展示物などが見れます。

      
f:id:yuki-snu2:20220811224625j:image

ずっと眺めていたい景色ですが次なる場所に

向かうことにしましょう、八犬士のモデルになった

八遺臣の墓に行ってみます。

八遺臣の墓に行く途中には日本庭園や茶室なども

あるので興味ある方は是非。

少し進んだところには第二次大戦中に

弾薬倉庫として使われた洞窟もあります。

ちなみにこの近くにトイレもありますよ。

梅の庭園場所あたりは義康公の御殿跡や江戸時代末に

館山藩が火薬類を保管した倉庫なども残っています。


f:id:yuki-snu2:20220811224735j:image

f:id:yuki-snu2:20220811224754j:image

火薬庫用洞窟跡を左の方に行くと南斜面尾根の堀切や

櫓台跡(やぐらだいあと)も見えてきます。

この尾根道を下った先に八遺臣の供養塔が

見えてきます。

この八遺臣は里見八犬士のモデルになっている

と言われていて、里見安房守忠義の家臣です。

里見忠義は慶長十九年に倉吉に転封されました。

元和八年二十九歳に関金町堀で逝去し、

その後を追うように八遺臣は殉死したのです。

忠義のために死を選んだ姿に感銘を

受けた曲亭馬琴はここから里見八犬伝を

描いていく事になるのですね。

ここより南側の住宅街には館山藩の陣屋跡地や

里見氏の家臣である印東采女の居宅で

使用されていた井戸(采女)うねめの井戸)も

残されています。

そちらの方にも是非訪れてみてください。


f:id:yuki-snu2:20220811224825j:image

 

館山城と里見八犬伝関連のお土産

館山城の一番のお土産といえば御城印です。

館山城と稲村城の御城印は300円です。

(稲村城の御城印も売ってます)

八犬伝博物館受付で買えますよ!


f:id:yuki-snu2:20220918200924j:image
200個限定ストラップ800円

義のストラップ500円

里見八犬伝ストラップ500円

南総里見八犬伝ポストカード500円

伏姫のストラップは限定200個なので、

売り切れてる場合もあるので、

注意が必要です(^.^;

f:id:yuki-snu2:20220918224518j:image

今回は里見八犬伝でも登場した館山城に

訪れてみましが、まだまだ知らない魅力や

場所があると思うので、引き続き

里見八犬伝関連の縁のある場所の記事を

書けていけたら良いと思います。

 

八犬伝まるわかりBOOK参照

 

南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編  おわり

次回の記事もお楽しみに(^_^)/ 

南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 前編

皆様こんにちはこんばんは!ユキスナです(^^)/

今回は千葉県南房総にある南総里見八犬伝に

関係する地を探索してまいりました。

 

伏姫や八房が暮らした伝説の地へ

 

南総里見八犬伝は江戸時代後期に活躍した作家

曲亭馬琴の作品であり、映画にも漫画本にもなって

有名ですよね。

今回行く場所は南総里見八犬伝の中でも登場した

伏姫籠穴(ふせひめろうけつ)という場所に

行きたいと思います。

伏姫と八房が暮らした洞窟ですね。

交通手段は東京駅からだと

京葉線と内房線を乗り換えながら

岩井駅まで行くのに2時間半くらいです。

岩井駅から歩いて伏姫籠穴まで30〜40分は

見たほうが良いですね。

車だと鋸南富山IC下車10分です。

伏姫籠穴のある場所には車停められる

場所はありますが、そこまで行く道が

細かったりして少し怖いかもしれませんね。

それでは岩井駅から出発したいと思います(^^)/

今回は富山山頂にある八犬士終焉の地も

訪れたいと思っているので、登山ルートも

確認しておきましょう。

 

f:id:yuki-snu2:20220730220853j:image

 

朝早く来る場合はお店がどこも開店してないので、

あらかじめパンやおにぎりなど食料を持って

来たほうが良いですよ。

駅周辺など行く道すがらコンビニは無いので

注意です。駅前にお土産屋さんがありますが、

パンやおにぎりなどは無くお菓子などお土産類

だけなので、食料は持参しましょう。

岩井駅を出て直ぐ左の方に歩いていくと

伏姫と八房の像がある公園があります。

車で来ると駅近くにあるこの公園を見逃して

しまうので注意しましょう。

やはり目に見てわかる物が存在してると

わかりやすくて良いですよね。

里見八犬伝の世界に入れます(^^♪

 

f:id:yuki-snu2:20220730221410j:image

 

この公園を通り過ぎると左側に踏切が

あるので、そこを渡ってひたすら

まっすぐ進んでいくと伏姫籠穴の案内板が

見えてきます。

 

f:id:yuki-snu2:20220730221614j:image

 

案内板をまた左に曲がっていくと、先の方に

学校が見えてくるのでそこを右に進むと

細い道が現れるので、そのまま歩いて行きましょう。

山の中に通じる道なのか周りの雰囲気が

変わったように思えて、少し怖い感じがしました(^_^;)

私が行った時は前日雨が降ったのか、

道に水たまりが多かったように思えました。

雨が降ったときは道が滑りやすくなってるので、

歩くときは注意が必要です。

道の右側は急な斜面になっており下に小川が

流れています。子供が覗き込んだりすると

危ないので気おつけてください。


f:id:yuki-snu2:20220730221850j:image

 

木々で囲まれた道をゆっくり歩いていくと、

何だか戦国の世にタイムスリップしたような

不思議な感覚があり、南総里見八犬伝の世界に

段々入っていくような気持ちになりました。

周りには人の気配がなく木々の陰で少し

薄暗い感じもして、いよいよ目的地が近い事を

感じさせてくれます。

普段都心では感じないような雨降り後の

コケなのか土なのか自然の匂いを

体に取り込みながら進んだ先に

昔話に登場するような山寺の門前が目の前に

現れました。

伏姫籠穴に到着です(^_^)

入口近くの門の奥にある犬塚の石碑には

伏姫が眠っていると言われてます。

ここまできてトイレに行きたくなったり

しますよね、大丈夫です!

入口右側にトイレもあるので安心ですよ。

周りが森なので虫が急に出てくるかも

しれませんが、そこはしょうがないですが(^_^;)

㊟この近くには自販機など何もないので、

水分補給できる物をあらかじめ持ってくる

ようにしましょう。


f:id:yuki-snu2:20220730221939j:image
f:id:yuki-snu2:20220730222024j:image

それでは門をくぐり異世界に入って行きましょう!

伏姫や八房は物語の中に存在しているはずが、

何故か実際の場所にも洞窟が存在しており、

誰がいつ作ったのかは不明のままで

未だなおわからない謎なのであります。

ここで一つ南総里見八犬伝の物語を

簡単に説明しますと、戦国時代の安房国

(現在千葉県南部の場所)を支配していた

里見氏の物語です。

里見家は安西家と安房国をめぐり争い

里見義実が自分の城で籠城していたとき、

冗談で飼い犬の八房に敵の大将の首を

とってきたら、自分の娘である伏姫の

婿(むこ)とすると約束しました。

すると八房は本当に敵の大将である、

安西景連(あんざいかげつら)の首を

とって手柄をあげました。

里見義実は約束を守らず八房に

食べ物など褒美を与えますが、

受け取らず里見義実は怒りました。

しかしその姿を見た伏姫は

父である義実に約束を守るように

頼みます。

そして伏姫と八房は富山の洞窟に住むことに

なるのです。

しばらくすると伏姫には八つ子がお腹に

宿ってることを、神童から知らされて

伏姫は死を覚悟します。

そんな時に義実が伏姫を救うべく富山に

金碗大輔(かなまりだいすけ)婚約者を派遣して

八房に向けて銃の玉を放ったのですが、

玉が伏姫にもあたってしまい亡くなって

しまいます。

その伏姫の亡くなった遺体から八つの

光の玉が出てきて四方八方に飛んで

行きました。

その後各地に玉を持つ八人の若者が

生まれて、不思議な縁により出会って

行き里見家のため戦っていくことに

なるのです。

そんな南総里見八犬伝の物語を話してる

うちに、どんどん周りは静寂に包まれていき

鳥の鳴き声だけが優しく耳に響く心地よい

感じになってるのが全身でわかりました。

最初は怖い感じもしましたが導かれるかのごとく、

コケの階段をひたすら上がって行くと

 

f:id:yuki-snu2:20220730222125j:image



f:id:yuki-snu2:20220809204050j:image

何とも言えない幻想的な場所であり、

神々しさすら感じられる場所にたどり着いたのです

この場所は八角形の舞台となっており、

それぞれの柱には八犬士の名前が入っています。

伏姫舞台と呼ばれているらしいですね。

f:id:yuki-snu2:20220730225351j:image
八犬士全員の名前を見ていきますと、

1.仁の玉を持つ犬江信兵衛仁

 (いぬえしんべえまさし)

2.義の玉を持つ犬川荘助義任

 (いぬかわそうすけよしとう)

3.礼の玉を持つ犬村大角礼儀

 (いぬむらだいかくまさのり)

4.智の玉を持つ犬坂毛野胤智

 (いぬさかけのたねとも)

5.忠の玉を持つ犬山道節忠与

 (いぬやまどうせつただとも)

6.信の玉を持つ犬飼現八信道

 (いぬかいげんぱちのぶみち)

7.孝の玉を持つ犬塚信乃戍孝

 (いぬづかしのもりたか)

8.悌の玉を持つ犬田小文吾悌順

 (いぬたこぶんごやすより)

あくまで小説の中の登場人物達ですが、

我々読者に強い影響力を与えるほど

魅力ある人間だからこそ、

実際の伝説の地であろうこの場所にも

関連する物を作りたい、多くの人々に

見てもらいたいと願う地元の人々の思いが

伝わってくるようで良かったです。


f:id:yuki-snu2:20220730223318j:image

 

ここまでくれば洞窟まであと少し!

洞窟の入口近くには扉がありその先は細い

階段になっているので、足元注意です。

どんどん近づくにつれ鳥肌が立つような

感じがして不思議な気持ちになり、

本当に今にも伏姫と八房が出てくるような

感じがしました。

 

f:id:yuki-snu2:20220730225005j:image

 

洞窟の入口の高さは1m間口2m奥行き6m

奥の天井の高さは1m80cm

洞窟全体直径3m60cm

昔の人の身長150〜160cmくらいで言えば

暮らせそうですね(^_^)

入口から奥の方を見てみると、

八犬士の「仁義礼智忠信孝悌」の玉が置いて

あります。まさに今でも八犬士がこの地を

守ってる感じがしますね。


f:id:yuki-snu2:20220730225039j:image

 

八犬士と伏姫にパワーをもらったあとに、

いよいよ八犬士終焉の地である富山山頂に

行きたいと思います。

伏姫籠穴の最初の入口まで戻ったら、

右の方の道に富山山頂へのルートが

あります。しかし!

よく看板を確かめてみると落石や倒木などで、

道が危険なので、こちらのルートから

登らないでくださいと書いてありました(+_+)

ちょっと途中まで様子見してきましたが、

やはり危険だということで、今回は断念して

八犬伝の博物館のある館山城に向かいたいと

思います!


f:id:yuki-snu2:20220808205335j:image

富山山頂の終焉の地へは日を改めて

別のルートから行きたいと思います。

その時はまた更新いたします(^^)/

 

おまけ

帰り道綺麗な蝶々が現れたので伏姫が

別れの挨拶しにきたのかと勝手に妄想して

楽しんでました(^_^;)

注(多分この蝶々は水を飲みに来たのであり、

そのほとんどがオスらしいですねw)


f:id:yuki-snu2:20220808205454j:image

八犬伝まるわかりBOOK参照
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 前編   おわり

 

南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編へつづく

黄金を探しに湯之奥金山博物館へ

こんにちは皆様元気でいらっしゃいますか?

ユキスナです(^_^)/

今回は武田軍の財政を支えた金山の事をより詳しく

知るべく、山梨県の身延町にある湯之奥金山博物館に

行って来たことを記事にします!

 

甲斐の国の金山を支えた金山衆!!

最初に湯之奥金山博物館までの交通手段を

紹介しますと。

新宿から甲府まで特急列車で1時間30分で、

甲府から下部温泉駅まで身延線に乗り換えて

1時間です。

特急ふじかわの券を買って行けば40分くらいで

行けます。


f:id:yuki-snu2:20220524180508j:image

私は初めて身延線に乗るので途中の駅も

見てみたいという気持ちがあったので、

時間をかけましたが、急ぎの方は

特急列車に乗ったほうが良いです。

甲府駅の1番ホームの先に身延線乗り場が

ありますよ。
f:id:yuki-snu2:20220524180530j:image

f:id:yuki-snu2:20220524180548j:image

ここで一つワンマンカーの乗り方や運賃の支払方法を

みていきますと、ワンマンカーは普通の電車のように

乗るとき自動でドアが開かず、乗降口の横にある

ボタンを押して乗ったり降りたりします。

駅のホームには乗車位置があるのでその前でお待ち

ください。

電車が来て乗るときは必ず整理券をお取りください。

甲府駅から切符を買って無人駅で降りる場合は、

電車から降りるとき車掌さんに

切符を渡してください。

逆に無人駅から電車に乗るときは、切符を

買うところがないので電車に乗車するとき整理券を

とって、甲府駅についたら1番右側の改札口に行き、

整理券を見せて精算してください。

無人駅から無人駅に降りる場合は整理券を取り

降りるとき車掌さんに整理券を見せて精算して

ください。

車内精算だと1万円や5千円は両替不可なので

そこは注意ですね。
f:id:yuki-snu2:20220524181506j:image
f:id:yuki-snu2:20220524181544j:image
下部温泉駅についたら時刻表もチェックして

おきましょう!

たまにネットで調べた時刻表と違う場合があるので

気おつけてください。

f:id:yuki-snu2:20220524180614j:image

下部温泉駅は待ち合い所的な感じで改札口や

切符売り場はありません。

先にお昼をとりたい方は駅近くの丸一食堂さんを

オススメします。

馬肉を使ったさくら丼やヤマメそばやほうとうも

食べることができますよ。

お昼頃は混み合うので、少し時間をずらして行くと

スムーズにお食事ができると思います。


f:id:yuki-snu2:20220524180803j:image

下部温泉駅から湯之奥金山博物館まで近いので、

道はわかりやすいです。

下部温泉駅の前の道を進んで行くと橋が

見えてくるので、そこを渡ったら右側に

見えてきます。

 

f:id:yuki-snu2:20220524180825j:image

湯之奥金山博物館に入る前にその手前にある

黄金の湯に入って、疲れた足を

癒やしてあげましょう。
f:id:yuki-snu2:20220524180906j:image


f:id:yuki-snu2:20220524181043j:image

泉質はアルカリ性単純温泉で良い具合に

硫黄の匂いがします。

色も黄金色に見えて金山博物館にふさわしい

足湯ですね(^^♪

ではいよいよ館内を巡って行きたいと思います!

湯之奥金山博物館さんの入館料は

入館料   大人  中学生  小学生 未就学児

展示観覧  500円 400円  300円  無料

砂金取り体験 700円 600円  500円  500円

観覧·体験共通 1100円 900円 700円  500円


f:id:yuki-snu2:20220524180925j:image

 

金山博物館に来たからには砂金取り体験は

欠かせないので、観覧·体験共通の券を買いましょう

まずは館内を巡り金山について学んでいきます。

エントランスの右の方に展示ブースに進む道が

あるので、行ってみますと最初に目に入って来たのは

金山坑道を模して立体的に作られたアーチです。

実際の坑道には入れませんが何となくでは

ありますが、坑道の狭さを体験することが

できますよ。

さらに奥に進んで行くと金山で採掘していた

金山衆の暮らしがわかる、ジオラマと映像の

展示スペースなどもあり歴史がわかりやすく

学べて良いです。

ジオラマ展示スペース前のボタンを押すと

映像が始まりますよ。

f:id:yuki-snu2:20220620220432j:imagef:id:yuki-snu2:20220621225954j:imagef:id:yuki-snu2:20220619223640j:image
f:id:yuki-snu2:20220628221430j:imagef:id:yuki-snu2:20220628224119j:imagef:id:yuki-snu2:20220621230040j:image

この地域の金山衆の活動拠点は毛無山の山腹にある

中山金山、内山金山、茅小屋金山の三つの

金山を湯之奥金山とよびそこで高い技術を駆使して

採掘していました。

戦がおきたときは戦国大名である武田氏の要請に

応じて、戦場におもむいていました。

特に城攻めの際の水の手を断つ事に関しては

金山衆の坑道堀の技術が役に立ち、

松山城や長篠城や野田城などを攻めた時

活躍しました。

戦国時代初期頃は地表近くの鉱脈を露天掘りで

掘っていましたが、だんだん枯渇するようになり、

地中深く掘り進んで行ったと思われます。

砕く前に鉱石を焼き窯の中で焼いてもろくさせると

後々砕く作業が楽になります。

掘り出された鉱石は細かく砕く作業(粉成こなし)

砕く、磨る(する)、挽く(ひく)などの工程を経て

ゆり板採りなどの技法で金銀を細かく分けて

いきます。

石臼の中に水と鉱石を砕いた物をいれたら、

よく回していきます。鉱石が泥上に微細化され、

ゆり板(網目のはいった板)でそこに微細化された

金が溜まっていきます。

その溜まったゆり板を水の入った木組みの箱の中に

入れて網目の金を落としていきます。

そうしてゆり分けられた自然金には色々な不純物が

混ざっているので、灰吹作業で取り除きます。

こうした作業で取り出した金を吹金と呼びこれで

鋳造してできたのが甲州金として使われました。

戦国時代はこういう金山や銀山など多くの場所で

採掘されていたのですね。

色々な種類の甲州金が展示されていて、

中々見れないので是非ご覧ください。

江戸幕府の貨幣制度は甲州金の貨幣制度を

参考にしてつくられたみたいです。

武田家は滅亡しても良い制度は後世に

残っていくんですね。

甲州金の展示スペースを進んで行くと、

金山衆が金を鉱石から取り出していく過程を

人形を使って分かりやすく説明されていたのは

良かったと思います。

そのままさらに進むとエントランスに

戻ってくるので、砂金取り体験に挑戦して

みましょう(^^)/

初めにパンニング皿と砂金を入れる小さな

入れ物をもらいます。
係の人が砂金取りのコツを教えてくれるので、

しっかりと聞きましょう。

まずはじめに砂をパンニング皿いっぱいにすくい

水の中で左右に回すように揺すったら、

少しずつ砂を落としていきます。

砂が少なくなってきたら、パンニング皿を縦にして

皿の凹凸部分に砂金が引っかかるようにして

砂を流していきます。

砂金取り体験の時間は30分なので作業は

立ちっぱなしなります。けっこう腰にくるので

休みながらなんとか頑張りましょう!!

これだけの作業でも大変なのに、実際には

他の工程もあると思ったら金の重要性が

余計にわかります。

 

f:id:yuki-snu2:20220630204252j:image


大人の人が30分でとる数はおよそ5個くらい

らしいです。私は惜しくも4個でしたが

中には10個以上の強者もいるらしいです。

大会などのイベント何かも開かれたり

しているので、挑戦してみるのも良いですね。

そして砂金取り体験後に施設関係者の方からの、温かいおもてなしのしいたけ茶が何より美味しかったです。
 f:id:yuki-snu2:20220524181419j:image

湯之奥金山博物館で戦国最強と言われた

武田軍の財政を支えていたであろう黄金の魅力を

肌で感じられ、そこに存在していた金山衆の

掘削技術とそれを上手く戦に利用した武田氏との

深い関わりが良く分かりました。

武田氏が滅亡したあとも金山衆の活躍は

その後も続き、江戸幕府を開いた徳川氏の元で

金山開発は進められていき、金山衆の技術は

全国の金山銀山の掘削作業に影響をあたえて

いきました。

↓湯之奥金山博物館の前の川でも砂金が

取れるかもしれませんが凄く難易度は高いですので

博物館で体験する方が危険もなく、安心して

できますよ。


f:id:yuki-snu2:20220524181256j:image

今回の湯之奥金山博物館でのオススメのお土産は

こちらでございます。

左から「これでよしなに」ユーモアある

商品名ですねw中に甘いお煎餅とレプリカの小判が

入ってます。その隣が小判型入浴剤これもまた

お土産にもらったら嬉しいですね。

そして最後のしいたけ茶は砂金取り体験後にもらった

味が美味しかったので、金箔入を購入しました。

他にも面白いお土産あるので是非お土産コーナーに

お立ち寄りください。

 

f:id:yuki-snu2:20220704184700j:imagef:id:yuki-snu2:20220704184722j:imagef:id:yuki-snu2:20220704184908j:image

 

では今回はこのくらいで次回をお楽しみに(^_^)/

 

◇甲斐黄金村湯之奥金山博物館展示図録参照

 

黄金を探しに湯之奥金山博物館へ    おわり

 

河口湖畔に存在する武田軍の天上山砦を訪問

こんにちは(^_^)/ではでは前回の天晴号乗船から

ロープウェイに乗り変えて、天上山砦に行って

みたいと思います。

遊覧船乗り場からロープウェイ乗り場まで歩いて

数分なので、楽に行けます。

アクセス 車:中央道河口湖ICから15分

    電車:JR中央線大月駅から富士急行線に

       乗り換えて河口湖駅で下車徒歩10分

       河口湖周遊バスだと5分 

 

天上山砦の頂上に現代の乗り物でひとっ飛び

 

カチカチ山ロープウェイの営業時間は

平日 9:30〜16:00

土休日 9:30〜17:00

 

料金

個人

往復大人 900円    障害者450円

往復小人 450円    障害者230円

片道大人 500円    障害者250円

片道小人 250円    障害者130円

 

団体

一般

往復大人 810円 往復小人   410円

片道大人 450円 片道小人 230円

学生

往復大人 720円 往復小人 360円

片道大人 400円 片道小人 200円

 

セット券購入でお得になります。

ロープウェイ往復+遊覧船

大人 1600円(300円オトク)

小人 800円(150円オトク)

 

ペット(小型、中型)

ゴンドラ内に乗せるときにハードケースに入れて

乗車可とのこと。有料でございます。

補助犬につきましてはそのまま同伴乗車可とのこと。

障害のある方は窓口で手帳を見せると割引して

くれますよ!

パンフレット参照
f:id:yuki-snu2:20220506223005j:image
ロープウェイは3分くらいであっという間に

頂上に着きますので、全然怖くないですよ!

戦国時代は歩いてこの山を登って行ったのですかね。

山の上に砦を築くことは防衛上重要な事ですが、

実際に造るのは大変だったと思います。

 

f:id:yuki-snu2:20220507072529j:image
河口湖の絶景を見ながら頂上に到着で

ございます。


f:id:yuki-snu2:20220507072553j:image

 

この天上山は芥川龍之介のカチカチ山の舞台にも

なった山であります。

簡単にどんな物語かサラッと言いますと、

悪いたぬきが優しいおじいさんとおばあさんを

だまして、おばあさんを死なせてしまった。

おばあさん達と仲の良かったうさぎはそれを知り

たぬきに復讐すべく、知恵を絞りまきを背中に

せをわせた状態で火打ち石でまきに火をつけて、

(この時の火打ち石でカチカチ火つけようとした

ことからカチカチ山と呼ばれています。)

背中を火傷させたり、その傷口にわさびを塗って

こらしめたりしました。最終的にたぬきを泥舟に

乗せて死なせてしまいます。

これだけ説明しますと凄い話しですね。

 

f:id:yuki-snu2:20220507072612j:image

 

この下の写真にもあるようにたぬきの背中の

まきに、火をつけようとしてるのが

わかります。

可愛らしい動物の姿なのに、やっていることは

凄いですね。
f:id:yuki-snu2:20220507072712j:image


頂上にはたぬき茶屋やうさぎ神社もあって、

女性にも人気です。
たぬき茶屋では秋限定のソフトクリームや

たぬき団子にうさぎ団子などカチカチ山に

ちなんだ食べ物もあるので是非紅葉を見ながら

食べて見てください。

ここで今回もトイレチェックをしてみますと

たぬき茶屋の中に確認できました!


f:id:yuki-snu2:20220507072728j:image


たぬき茶屋のある場所からさらに進んでいくと、

武田信玄の戦国広場 絶景やぐらが見えてきます。

天上山砦があったであろう場所にこういう場所が

造られると訪れる人も嬉しいですよね。

信玄公や武将に姫などの顔出しパネルがあったり

旅の良い思い出になります。


f:id:yuki-snu2:20220507072816j:image


この天上山砦にはかつて烽火台があって、

ここから北に位置する御坂城と連絡をとりあっていた

みたいです。

(烽火台とは火を燃やしてけむりをあげて連絡

手段として使われていた場所)

武田家が滅亡した後におこった天正壬午の乱のときに

徳川家と北条家が甲斐の国と信濃国をとりあって、

戦いました。

北条氏忠と北条氏勝が甲斐に侵攻した際に

御坂城に入って、秩父方面からくる北条氏邦が

甲斐に入るのを待っていました。

新府城に陣をかまえていた徳川家康と佐久方面から

侵攻してくる北条軍の主力とにらみ合いが続き、

御坂城からも北条軍1万の兵が甲斐に

なだれ込みましたが、鳥居元忠が2千の兵で

撃退する事に成功します。(黒駒の戦い)

このあと徳川と北条は和睦していく事となり、

御坂城と天上山砦の烽火台は使われる頻度は

少なくなっていきました。

天上山砦はロープウェイがあって行きやすいですが、

御坂城はけっこう山の上にあるので、是非装備を

きちんと整えてから行かれることをオススメします。

↓戦国広場のやぐらの上から撮った写真です。


f:id:yuki-snu2:20220507072931j:image


天上山砦から南の方を監視すると北条軍がどうやって

侵攻して来るのか、よくわかりますね。

ここで敵の侵攻を察知し烽火台で御坂城に

伝えてから、さらに甲府の信玄公の元に

知らせがいくという事ですね。

現在でも絶景広がるこの場所に、砦と烽火台を

築く事の重要性がどれだけ大切かが、

わかります。

そんな絶景広がる場所にブランコが

設置されている素晴らしさ(^_^)

 

利用時間

午前10:00〜11:00

午後13:00〜14:00/14:30〜16:00

料金1回1人500円

販売場所はたぬき茶屋さんです。

整理券をもらって乗りに行きましょう!

身長110cm以上、体重100kg未満が利用条件

らしいです。

パンフレット参照


f:id:yuki-snu2:20220507073052j:image


たぬき茶屋の上に行くと、ここにも

河口湖多佳美さんがいますね♪

武田菱の赤も綺麗です。

是非この場所に来てツーショットで写真を

撮ってみてはいかがでしょうか(^^)/

晴れていたらバックの富士山も綺麗ですよ!!

f:id:yuki-snu2:20220507073114j:image


それではそろそろロープウェイで下山していきたいと

思います。

ロープウェイ乗り場から歩いて河口湖駅に行く途中に

河口湖チーズケーキガーデンというお店があるので、

疲れた時の糖分補給にも最適ですし、何よりも

お土産としても良いですよ。

f:id:yuki-snu2:20220517225903j:image

そして駅前にあるこの足湯!!入らなければ損

だと思います!!実は私は時間がなくて

入れなかったのです(TT)皆様は是非

歩き疲れた足を癒やしてくださいね。
f:id:yuki-snu2:20220507073219j:image

河口湖畔にある武田軍の天上山砦を訪問  おわり

 

次回は武田軍の財政を支えた金山の事を学びに

湯之奥金山博物館に行ってきたことを記事に

していきます(^_^)/お楽しみに!

山梨県河口湖に武田水軍の船現る!

こんにちは毎度おなじみユキスナです(^^)/

今回は山梨県の河口湖にあると言われる

武田水軍の船に乗船すべく、記事を書いて

いきたいと思います。

今回私は新宿駅から特急電車に乗り、大月駅で降りて

から富士急行線に乗り換え河口湖駅で降りました。

時間はだいたい2時間ちょっとで到着。

大月駅から河口湖駅まで17駅あるので、

なるべく止まらずに行きたいという方は、

JR特急富士回遊も新宿駅から出ているので、

そちらを利用するのも良いですよ。

 

 

河口湖に浮かぶ武田水軍の船を目指して!

f:id:yuki-snu2:20220503211724j:image

それでは河口湖駅から歩いて河口湖の遊覧船乗り場に

行きたいと思います。

歩いて行くと10分〜15分くらいです。

駅からひたすら歩いていると河口湖にある

お土産屋さんが並ぶ通りにたどり着き、

近くに河口湖の看板が見えてきます。


f:id:yuki-snu2:20220411223131j:image


駐車場の中を進んでいくと左側に遊覧船の看板と、

チケット販売所兼乗り場が見えてくるので、

乗船時間を確認しておきましょう!

「天晴号(あっぱれ)」情報

営業期間 年中無休

営業時間 9時30分〜16時00分 30分間隔で運航

所要時間 20分くらい

料金   大人1000円 小人 500円

ペット乗船料500円でゲージまたはバックに頭を覆う

ように入れれば乗船可とのこと。

(ゲージを持ってない方は貸し出しもあります。)

盲導犬、聴導犬、介助犬は無料です。

遊覧船も乗ってロープウェイも乗る方は、

セット券を買うことをオススメします!

セット券は1600円です。

それぞれ別々に買うと遊覧船が1000円、

ロープウェイ900円ですので、300円お得になります。

天晴号の出航は30分間隔で行われるので、

時間になるまで遊覧船乗り場の近くに待合室が

あるので、河口湖に関係するパンフレットなど

見ながらゆっくり待ちましょう(^_^)

 


f:id:yuki-snu2:20220411223145j:image


ここで少し武田水軍の事を説明しますと、

永禄11年(1568年)駿河に侵攻した武田軍は

今川氏真を駿河国から追い出し、

念願の海に出る港を手に入れて元々今川氏に

従っていた水軍も再編しました。

再編した水軍には九鬼嘉隆(くきよしたか)に敗れた

北畠家の伊勢水軍と北条氏の伊豆水軍に従っていた

間宮武兵衛兄弟を引き抜き、相模の北条水軍に

対抗すべく軍備を増強しました。

巨大な安宅船を中心に52隻の小舟からなる艦隊の

水軍です。

水軍を指揮していたのは元今川氏の家臣で武田家に

従った土屋貞綱(岡部貞綱)です。

土屋の姓を信玄公が与えて名乗らせたところを見ると

信頼されているのがわかりますね。

この土屋貞綱の娘婿は武田滅亡時に、最後まで

武田勝頼公に使えた土屋昌恒(惣蔵)です。

武田の騎馬隊は有名ですが、武田水軍はあまり

知らない人もいますよね。

この機会に是非勉強してみるのも良いですよ!

それではいざ武田水軍の天晴号に

乗船してみましょう(^^)/


f:id:yuki-snu2:20220411223523j:image

 

桟橋には武田信玄公とコラボした温泉むすめの

河口湖多佳美ちゃんがお出迎えしてくれます。


f:id:yuki-snu2:20220411223604j:image

 

船内一階では歴史や観光情報の動画が

流されていて、乗りながら色々学べたりします。

陣羽織と軍配が貸し出しされているので、

記念撮影もできますよ。


f:id:yuki-snu2:20220411223746j:image

f:id:yuki-snu2:20220411223823j:image

 

一階船内入口横に100円でできるおみくじの箱が設置

されているので一日の運を見てみるのも良いですよ。

では二階デッキに行ってみましょう(^^)/

二階に上がって一番最初に目に飛び込んでくるのは、

武田軍の象徴である孫子の旗と武田菱が優雅に

風にたなびく勇壮な姿です!

f:id:yuki-snu2:20220503210720j:image

船首の方に孫子の旗があって一段上に上がれる

場所があり、周りを良く見渡せるので戦国武将の

気持ちになる事ができて楽しめると思います。

船が橋を越えたあたりから遠くの方にうの島という

島が見えますが、戦国時代にこの地を治めていた

武田氏は信濃の伊那郡を侵攻時に捕らえた

神峰城主の知久頼元(ちくよりもと)親子をうの島に

幽閉し、翌年に対岸の船津の浜で自害させました。

湖の上に孤立する無人島を牢屋のようにして

活用していたのですかね。

船はうの島の方までは行かずその手前でUターン

する形で、元の桟橋に戻っていきます。

戻る途中富士のお山も晴れていたらくっきり

見えますが、私の行ったときは残念ながら雲が

かかっていました^_^;


f:id:yuki-snu2:20220411224453j:image

 

河口湖に富士山が逆さまに映る姿も見れるらしい

ので、是非晴れた日を狙い行ってみてください。

河口湖はそもそもどうやってできたかというと、

溶岩流が川をせき止めて2千〜5千年前に

できた場所だそうです。

富士山から流れてきた溶岩の力でこんなに大きな

湖を作ってしまうのは凄いことですね。

こんなにも凄い自然の力を持った富士山は

大昔から信仰の対象であり続け、

頂上まで登る(登拝とはい)や厳しい修行を

行う修験道の場所としても使われていました。

そんな富士山に祀られている神様といえば、

「コノハナサクヤ姫」でございます。

火難除け、安産に農業、織物業に関する

御祭神ということです。

コノハナサクヤ姫は女神であり、富士山に

女性が登ると嫉妬して火山を噴火させるという、

お話ものこっているほどです。

なので女性は富士山の2合目まで行けて、

7日間修行をした人のみ4合目から5合目まで

登ることができたらしいです。

明治に入ってから本格的に頂上まで女性が登るように

なったというので、ごく最近まで古くからの風習を

守ってきたことがわかりますね。

 

f:id:yuki-snu2:20220411224509j:image

 

そうこうしてるうちに武田水軍の船は本拠地に

無事戻って来ることができました。

20分という時間でしたが、十分満足いく内容でした。

船に乗り風をきりながら走るのは爽快であり、

戦国時代にタイムスリップしたような気持ちになれて

とっても良かったと思います。


f:id:yuki-snu2:20220411223424j:image

 

船を降りるのは名残り惜しいですが、

また乗船することを楽しみにしながら

次の場所に移動すべく、

ロープウェイに乗り河口湖天上山砦があった

天上山公園に向かいたいと思います!


f:id:yuki-snu2:20220411224928j:image

↑天晴号に乗ったら是非乗船記念印を

購入することをオススメします。

普通のタイプのものと河口湖多佳美ちゃんの

コラボ印の物があります。

通常タイプが500円

コラボタイプが600円です。

 

山梨県河口湖に武田水軍の船現る!  おわり

 

次回河口湖畔に存在する武田軍の天上山砦を訪問へ

乞うご期待です(^_^)/

 

下総国千葉氏の亥鼻城に出陣!!

 

大河ドラマでも登場した千葉一族のお城へ

 

皆様こんにちはこんばんは(^_^)/

今回は千葉県の千葉市にある戦国の世で言えば、

下総国(しもうさこく)の領地を支配していた

千葉一族のお城である亥鼻城に行きたいと思います!

大河ドラマでも登場した千葉常胤(ちばつねたね)が

有名ですね。JR千葉駅から出発したいと思います。

今回私は徒歩でお城まで行来ましたが、

バスで行くと楽ですし迷わないです。

JR千葉駅東口バスターミナルから乗りましょう。

亥鼻城跡までの交通案内しますと

◇JR千葉駅下車、東口バス乗り場7番から京成バス

 「千葉大学病院」行き又は「南矢作」行きで

 「郷土博物館・千葉県文化会館」下車、徒歩3分

◇千葉モノレール「県庁前駅」下車、徒歩13分

◇JR本千葉駅下車、徒歩25分

◇京成千葉中央駅下車、徒歩30分


f:id:yuki-snu2:20220227213053j:image

f:id:yuki-snu2:20220301204728j:image

 

JR千葉駅は比較的大きな駅であり、千葉モノレールや

京成線なども集まってるので線路も多く、

徒歩で行く場合は道に迷いそうですが、

何とか地図を見ながらどうにか目的地に到着!

入り口は複数ありますが、正面入り口から

入って行きますね。

入り口から少し歩くと千葉開府850年記念の碑が

建てられており、千葉常胤公の姿が見えます。

夏には毎年親子3代祭りなどがあり、市街地を

武者行列が行進するらしいです。

千葉常胤公が源頼朝公と共に打倒平家のため

兵を引き連れて行進する姿が想像できるので、

こういう行事は良いですね(^_^)


f:id:yuki-snu2:20220227222204j:image

天守閣として作られた郷土博物館の前には

千葉常胤公の騎馬像が置かれており、

空に向け矢を射るような姿をしています。

千葉市のさらなる発展を願い、未来への

メッセージを矢に託す千葉常胤公がイメージ

されてるようです。

今にも動き出しそうな躍動感がありますね。

この亥鼻城の城郭構造は平山城で

千葉氏の有力家臣の原氏が築城しました。

この亥鼻城には土塁や堀や物見台跡なども

みられます。 

それでは天守閣の中の郷土博物館に

入ってみましょう(^^)/


f:id:yuki-snu2:20220227213355j:image

千葉市立郷土博物館

入館料  無料でございます!

開館時間 午前9時00分〜午後5時00分

     (入館は午後4時30分までです)

休館日  月曜日(月曜日が祝日の場合翌平日が休館)

     年末年始・臨時休館する場合あり。

駐車場  乗用車25台(無料)、大型バス3台(無料)

                    バスでご利用の際はあらかじめご連絡が

     必要です。


入り口の受付でどこから来たのかを伝え

中に入館することができます。

無料なので良いですよね(^^♪

f:id:yuki-snu2:20220306215354j:image


1階と2階が企画展示室になっており、

3階と4階が常設展示室になっています。

ではまず1階の企画展示室に行ってみると、

大河ドラマでも人気の鎌倉殿の13人のポスターが

貼ってあったりして見学する人が増えたことが

伺えます。1階には講座室もあり歴史や民俗に

関係する講座を学べたり、昔の着物や甲冑など着て

体感することができます。(事前申込み必須です)

順路としては階段右側のスロープ降りて

観ていく感じですかね。

ここに展示されているのは千葉氏に関する歴史

年表や大河ドラマでも登場する源頼朝に関係する

武士たちについて紹介しています。

千葉常胤と13人の御家人南関東編

(期間限定なので現在は公開されていません。)

 

◇和田義盛 久安3年(1147)〜建保元年(1213)

 和田義盛は三浦義明の孫であり、相模国三浦荘を

 本拠地とした三浦氏の一族です。

 三浦氏は平家方の大庭景親に日頃より圧迫されて

    おり、その現状を打破するため頼朝に力をかしたと

 言われています。

 その同じ一族である和田義盛は弓の名人であり、

 常に頼朝の側に使えたことから、信頼があつく

 側近として大事にされていました。

 

◇千葉常胤 元永元年(1118)〜建仁元年(1201)

 石橋山の戦いに敗れて、房総半島に逃げて来た

 頼朝が頼りにした有力武士の一人で、

 頼朝の父である義朝にも使えていたことから

 信頼は厚く富士川の戦いにも参戦しました。

 鎌倉に武家政権を樹立することにも貢献したり、

 奥羽合戦の功績では大幅に所領を増やしました。

 

◇葛西清重 応保元年(1161)?

 葛西清重は千葉常胤の娘を妻として迎え、

 坂東の喉元で軍事•経済の要衝である

 下総国葛西郡を本領として治めていました。

 源頼朝の挙兵の際にはすぐさま馳せ参じ

 同族の江戸氏•川越氏•畠山氏を陣営に連れて

 来ました。

 頼朝が鎌倉に向かうルートの確保も万全に整え

 頼朝からの信頼を勝ち取ったのです。

 

◇上総広常 生誕未詳〜じゅえい2年(1183)

 上総広常は頼朝の父である義朝に従って、

 保元の乱と平治の乱に参戦しました。

 平氏政権になったとき平氏方の有力家人であった

 伊藤忠清が上総介に任じられて、その立場が

 脅かされるようになった丁度その時に、

 源頼朝が房総半島に逃げて挙兵を

 することを知ります。上総広常はすぐさま

 大軍を率いて頼朝のところまで参陣することに

 なり、千葉氏と連携して頼朝に力をかしました。

 

◇梶原景時 生誕未詳〜正治2年(1200)

 梶原景時は源頼朝挙兵のときに同族の

 平氏方である大庭景親と共に戦いましたが、

 石橋山の戦いで敗れた源頼朝を山中で

 発見するも、見逃して助けたといいます。

 その後梶原景時は源頼朝の元で活躍して

 信頼を得ていきます。

 御家人中屈指の実力者であった上総広常が

 不遜な態度をとったということで、

 誅殺する役目もはたしたり頼朝の弟である

 源義経が後白河法皇側に近くなりすぎたことから

 失脚させる役目もはたしました。

 

◇北条時政 保延4年(1138)〜建保3年(1215)

 北条氏は代々伊豆国田方郡北条を本拠と

 していて、伊豆国の源頼政支配下にありましたが

 頼政が死んだ後で平氏政権に強く圧迫

 されていくことになります。

 その後伊豆国に配流されてきた源頼朝に

 自分の娘である北条政子を嫁がせ、

 挙兵の支援をしていくことになり、

 源頼朝を最後まで支え続けました。最終的には

 鎌倉幕府初代執権にまでのぼりつめる事に

 なるのです。

 

ここまで簡単に説明していきましたが、

より詳しく知りたい方は是非来館することを

オススメします(^^)/

その他にも1階には鎌倉時代当時の鎧のレプリカが

展示されていたり、戦い方の説明がされていたりと

勉強になる事が多かったです。

それでは続けて2階に上がって行きましょう!

2階は企画展開催期間以外は武器•武具や

天文資料や収蔵資料などが展示されています。

階段の上にあがると千葉常胤公の木造が

出迎えてくれます。

この階は甲冑など武器が展示されていて、

普段甲冑など見る機会が少ない人にとっては

近くで詳しく見ることができるのは良いです。

日本の甲冑を少し説明すると

 

大鎧 平安時代頃に使われた武具でその当時は

   弓矢などが戦いの主流だったので、

   兜の反り返り部分が吹返になっており

   矢での攻撃を防ぐ効果がありました。

 

胴丸 鎌倉時代以降に使われた武具であり、

   今までは騎馬上から弓矢で戦っていましたが、

   だんだん白兵戦の戦いになっていったことから

   なるべく動きやすい防具が好まれたみたいです

 

当世具足 戦国時代に使われた武具で

     この時代になると、弓矢•鉄砲•槍などから

     体を守るべく特に防御力の高く生産性を

     重視した武具が使われていました。

     戦国時代の鎧兜は個性的な部分もあったり

     芸術性もあります。

この階には鉄砲の伝来の説明など、今まで戦に使われていた飛び道具は弓矢や石ころなどでしたので、

革新的に変わった最新の武器での戦の始まりが、

紹介されていたのはわかりやすかったと思います。

 

鉄砲(種子島) 天文12年(1543年)ポルトガル人を

       乗せた中国の船が種子島に到着した

       事から、その当時は種子島と呼ばれて

       いたらしいですね。

鉄砲と聞いて思いつくのは戦国時代の武将織田信長!

設楽原の戦いで武田氏と戦ったのが有名ですね。

武田の騎馬隊に多数の鉄砲を使い攻撃して

打ち負かしたのは、新たな戦の仕方が変わった瞬間で

あったと思います。

当時火縄銃で撃つと時間がかかりすぎて

一度撃ったら、2発目撃つ前にやられてしまいます。

織田信長はその弱点を克服するため三段撃ち

(人を横に3列並べて順次撃つ)を

考えつき、なるべく止まることなく連続して

撃てるよう工夫したのです。

近年ではこの鉄砲三段撃ちも本当にあったかは

疑わしいところがあると言われていて、

思っていたより鉄砲の数などは少なかったのかも

しれませんね。

ここで少し休憩していきたい思います(^^)/

この2階のフロア右側の窓側付近に休憩所が

設けられており、自分で用意すれば軽い軽食も

とれます。奥には自販機などもあるので、是非

お城の中でゆっくり景色をみながら楽しい時間を

お過ごしください。     


f:id:yuki-snu2:20220315220341j:image

 

それでは休んだら続けて3階に行ってみましょう。

3階は主に千葉氏の勃興から滅亡までの500年の

歴史をたどる展示と千葉氏が信仰していた

妙見信仰ということについて資料が展示されています。

他にはこの地域の武士の動向など時代にそって

紹介されているのは、良いと思います。

 

妙見信仰 千葉氏が信仰した妙見とは北極星や

     北斗七星を神とあがめて、

     戦での活躍や勝利を願い導いてくれる

     存在として大事にされてきました。         

     妙見像には軍神としての役割もあり、

     一族が団結して戦えるようにと、

     作られたらしいです。

 

下総国での千葉氏の影響力は大きく、

源頼朝も頼りにする有力武士です。

戦国時代になると相模の北条が領地を増やすため、

関東地方に出兵して味方を増やしていきました。

北条だけではなく越後の上杉氏などの影響も

あり、度々関東にも出兵しています。

千葉氏は北条方に属し豊臣秀吉の小田原攻めでは

小田原城に籠城するも降伏し、領地を没収されて

滅亡してしまいます。

関東の覇権を握っていた北条氏でも時の権力者の

豊臣秀吉には敵わなかったということがわかります。

戦国時代いかに自分の領地を守って行くことが大変で

難しいのがよくわかりますね。

簡単すぎるほど短く説明したので、

是非来館して千葉氏の栄枯盛衰と

その地域の歴史や出来事など自分の目で

確かめてみてください。

 

そして4階にあがって行きます。

この4階は明治•大正•昭和の千葉市の歴史について

紹介展示されています。

戦前戦後の千葉市の街の変化やそこで暮らす

人々の生活の様子など、資料や道具など展示されて

いるので、当時の事がわかりやすくなっています。

映像コーナーもありますよ!

最後に5階の展望室にあがって見ましょう。

5階には展示コーナーと顔出しパネルが

設置されているので、是非記念に武士やお姫様に

なった気分で写真を撮られてはいかがでしょうか(^_^)

 

f:id:yuki-snu2:20220227213548j:image

 

5階天守からの千葉市の街並みの様子が

素晴らしかったです。

今はビルが建ち並んでいますが昔は海まで観えて

見晴らしが良かったのかな。

戦国期の亥鼻城はこれほど高くなかったと思いますが

高い建物がないだけでも、遠くまで見通せますよね。


f:id:yuki-snu2:20220227213611j:image

 

名残り惜しいですが1階まで降りていきましょう!

では城の西側の土塁跡地に行ってみます。

実はこの亥鼻城跡で発掘調査された結果

鎌倉時代の館など城跡は確認できてないらしいです。

ここで発見されたのは室町時代後期(戦国時代)

千葉氏の有力家臣の原氏が築城した城跡だというのが

有力らしいですね。

この土塁近くで平安時代後期から鎌倉時代の火葬骨が

入った骨壷が発見されたので、城ができる前は

墓地であったとも言われています。

この地域で見つかるということは千葉氏のものとも

言えるかもしれませんね。


f:id:yuki-snu2:20220227222301j:image

この北側にある神明社と本丸跡の間には空堀があり、

神明社側に物見台があったと言われています。

昔は千葉の海岸沿いまで見えてたらしいので、

広い範囲を監視できたことでしょうね。


f:id:yuki-snu2:20220227222315j:image

f:id:yuki-snu2:20220227222332j:image

現在千葉氏の館跡と思われる場所は御殿跡と呼ばれた

千葉地方裁判所跡地にあったとも言われてますが、

後に千葉氏が本拠地を本佐倉に移したことや

資料が少ないのもあり、まだわからないことが

多いらしいです。

もっと詳しく千葉氏に関する場所を巡りたい方は

ゆかりの地コースなどがあるので、

是非散策しながら訪れてみてください。


f:id:yuki-snu2:20220227222546j:image

 

それでは一通り見て回ったら亥鼻公園の入り口

付近にある、いのはな亭に行ってみましょう。

ここでは美味しい団子や軽食をとれます。

利用時間

10:00〜16:40分(ラストオーダー15:45)

定休日(12月31日〜1月3日)

お品書き

 

名物いのはな団子

バラ150円、3個430円、皿団子500円

あんみつ530円、いそべ焼き500円、おしるこ500円

おにぎりセット530円

くず餅皿430円、けんちん汁450円、

けんちんうどん550円、あべかわ餅380円

白玉きなこ430円、白玉寒天500円、

白玉ぜんざい500円、ところ天380円、豆寒天430円

抹茶のみ430円、抹茶セット550円、抹茶雪ん子660円

雪ん子セット380円、雪ん子バラ280円

水まんじゅう430円、水まんじゅうバラ430円

甘酒230円•日本酒360円•ビール360円

 

どれも美味しそうですね(^^♪

実は昼時に行って混み合っていたので、

食す事ができなく残念に思います。

お城みながらお団子食べられるとは素晴らしいです。

次回食べることができれば紹介いたしますね!


f:id:yuki-snu2:20220227222622j:image

 

亥鼻城の御城印はいのはな亭で300円で販売

されているので、是非郷土博物館に寄ってから

ご購入してみてはいかがでしょうか。

千葉常胤公の姿と家紋が素晴らしいですね。


f:id:yuki-snu2:20220228211335j:image

f:id:yuki-snu2:20220228211313j:image

お土産としてせんべいとようかん買ってみました。

どちらも素朴な味で食べやすかったですね。

せんべい500円、ようかん680円

興味ある方は買ってみてください。

 

下総国千葉氏の亥鼻城に出陣!!    おわり

次回またお会いしましょう!

◇亥鼻城跡案内板参照

◇千葉市立郷土博物館パンフレット参照