南関東の深大寺城跡を訪れてみたら…
こんにちは(^_^) 順調に記事を書くのが遅れて
しまっているユキスナです。
今回は、戦国時代前期に扇谷(おうぎがやつ)
上杉氏が造営し、小田原北条氏と激しい攻防を
繰り広げた城館跡、**「深大寺城跡」**を
訪れてみた時のことを書いていきたいと思います。
まずは、深大寺城跡までの交通手段
(アクセス)からご紹介しますね。
🚌 深大寺城跡への交通アクセス
公共交通機関で行く場合、JR中央線か京王線を
利用するのが便利です。
JR中央線「三鷹駅」から
南口にある小田急バス3番乗り場から
「深大寺」行きに乗車し、約20分。
終点の手前にある「深大寺入口」で降りると、
テレビでも有名なダルマの専門店
『調布深大寺だるチャン』に立ち寄れますよ♪
京王線「調布駅」から
北口の京王バス14番乗り場から
「深大寺」行きに乗車し、約15分。
終点の「深大寺」バス停で降りるのが
一番わかりやすくておすすめです
(※杏林大学病院行きに乗って
「深大寺小学校」で降り、
5分ほど歩くルートもあります)。
運賃はどちらも一律220円(ICカード同額)です。
終点の深大寺バス停から少し進むと、
道の反対側に「水生植物園」が見えてきます。
実はここが深大寺城跡なんです!
市民の憩いの場となっている植物園ですが、
坂道を上がっていくと、かつての本丸跡に
たどり着くことができます。
お食事がお目当ての方は、
そのまま参道を通り深大寺の方まで歩いていくと、
有名なお蕎麦屋さんがたくさん見えてきますよ。
🏯 南武蔵の防衛ラインも活躍の場を失う
ここで、深大寺城の歴史を少し
紐解いてみましょう。
1524年(大永4年)、扇谷上杉朝興
(おうぎがやつ うえすぎ ともおき)は、
北条氏綱によって重要拠点であった
江戸城を奪われてしまいます。
その後を継いだ息子の**朝定(ともさだ)**は、
失地回復を狙い、1537年(天文6年)に
家臣の難波田弾正(なんばただんじょう)に
命じて、当時「深大寺のふるき郭(くるわ)」と
呼ばれていた古い砦をリニューアル
(再興)させました。これが深大寺城です。
多摩川を挟んだ対岸(南側)には北条方の拠点
「小沢城」があり、深大寺城はまさに北条氏の
進撃を食い止めるための「南武蔵防衛ライン」の
要だったわけですね。
しかし、北条氏綱の戦術は一枚上手でした。
氏綱は深大寺城を正面から攻める愚を避け、
同年7月、なんと深大寺城をスルーして直接、
扇谷上杉氏の本拠地である「河越城」を
奇襲したのです。
これによって朝定は松山城へと敗走。
一気に勢力図は塗り替えられ、深大寺城は
戦うことなく軍事的な意味を失い、
そのまま廃城になったと考えられています。
🌿 現在の深大寺城跡と周辺の情報
都内屈指の中世城郭遺構
現在は「神代植物公園」の
一部(水生植物園)として整備されていますが、
当時の空堀や土塁が非常に良好な状態で
残っています。国の史跡にも指定されており、
一歩足を踏み入れると中世城郭の面影を
強く感じられる貴重な場所です。
周辺の観光スポット
お城巡りとあわせて楽しみたいスポットが
ギュッと凝縮されているのも、深大寺の魅力です。
深大寺: 奈良時代(733年)開創といわれる古刹。
厄除けや縁結びで有名です。
神代植物公園: 深大寺城跡を包み込む
広大な植物園。バラ園や大温室が見どころです。
鬼太郎茶屋: 注意!鬼太郎茶屋は2024の夏に
建物老朽化による移転で調布駅近くに移りました
深大寺そば巡り: 参道には20軒以上の蕎麦屋が
軒を連ね、江戸時代から続く食文化を
堪能できます。
資料①

②
③
④
⑤
⑥
⑦
お土産画像
💡 蕎麦の実かりんとうの3大魅力
唯一無二の「カリポリ」食感
一般的な小麦粉ベースのかりんとうとは違い、
本物の「蕎麦の実」や「そば粉」が
練り込まれている(または塗されている)ため、
非常に軽快でクリスピーな歯ごたえが楽しめます。
上品な甘さと香ばしさ
口に入れた瞬間に広がるのは、黒糖のコクのある
甘み。その後を追うように、蕎麦特有の芳醇で
香ばしい香りが鼻を抜けていきます。
お茶請けにも、お酒のアテにも
日本茶やほうじ茶はもちろんのこと、
実は日本酒や焼酎、ウイスキーといった
お酒との相性も抜群です。
🛒 どこで買える?
深大寺の境内周辺にある「そば処」や、
参道のお土産屋さんで個性豊かな
かりんとうが販売されています。
(ちなみに私は深大寺バス停近くの梅月さんで
購入しました!)
📌 プチ情報
深大寺周辺の蕎麦屋さん
(「八起」や「あめや」など)の店頭や、
深大寺山門前のお土産店を覗くと、
それぞれ少しずつ味や形の違うオリジナル
かりんとうが見つかります。
参道を散策しながら、自分好みの
パッケージを探すのも醍醐味の一つです。
深大寺参拝の思い出や、ちょっと渋くて
喜ばれる東京土産として、
ぜひチェックしてみてくださいね。
あと最近では深大寺周辺が癒しの場所として
若者の人気スポットにもなってるらしいです。
お土産品 特徴 概算価格
深大寺そば(乾麺/生麺) 定番中の定番。
多くの店で販売。 2人前 1,000円〜
そば饅頭 ほのかな蕎麦の香りが特徴。
1個 150円〜赤駒(民芸品)
深大寺に伝わる縁結びの伝統工芸。
1,200円〜
ではまた次の記事でお会いしましょう(^^)
真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 後編
皆様こんにちは、記事を書くのが途切れ途切れに
なっているユキスナです(^_^;)
前回は潜龍院跡地から十二様通りを尾根沿いに行き
天狗岩まで来たところまで記事にしましたね。
今回は天狗岩から岩櫃城跡地まで進んで行きたいと
思います!
真田氏が誇る難攻不落の城に潜入!
ここで岩櫃城の事を簡単に説明しますと、
この城を最初に築城したとされる吾妻太郎助亮は
鎌倉時代にこの地を治めていたとされますが、
真偽は確かではないとの事。
戦国時代になると吾妻氏の子孫と称する斉藤憲次が
岩櫃城を支配して吾妻郡一帯の地侍を掌握します。
岩櫃城は憲次とその子・憲広に受け継がれてゆき
斎藤憲広は上杉氏に属し勢力を拡大を図るが、郡内の
豪族羽尾氏と鎌原氏の領地争いに介入
(羽尾氏に味方)両氏の仲介に入っていた
信濃国小県郡の真田氏、および真田家の
主家である甲斐の武田氏による介入を招くこと
になってしまう。
この後武田氏と真田氏の介入により斉藤氏の勢力は
衰えしまいやがて駆逐されてしまうのです。
武田信玄は家臣の真田氏にこの吾妻郡を
支配するように命じていましたが、
武田家中ではこの吾妻郡に真田氏と同族の
海野氏や滋野氏がいたことから、手を組んで
反旗をひるがえすのではないかと懸念
してました。しかし武田信玄は真田幸隆を
信頼して任せる事にしました。
この時の武田信玄への恩義を幸隆は
忘れていなかったのかもしれませんね。
1582年(天正10年)甲州征伐
(織田徳川が甲斐に侵攻した際に主家の
武田勝頼をこの岩櫃城まで逃げるよう
進言したのも何となくわかる気がします。
真田昌幸は現在の潜龍院跡地だった場所に
武田勝頼を迎えて急いで城館を造らせたと
いわれています。)
そしてここから真田氏による岩櫃城支配が
始まります。真田氏は吾妻地方の進出を狙い
沼田城、名胡桃城を攻略して上田城との街道を
整備しました。
因みに沼田城はこれより後に北条氏との争いの
きっかけとなる重要なお城です。
岩櫃城は西は岩櫃山、南は吾妻川へ下る急斜面、
北は岩山で天然の要害となっている。
堅牢なお城でございます。

岩櫃山(標高802m)の中腹東面に
位置する山城で、城郭の規模は
1.4キロ平方メートルと上州最大を誇っております。
更に150mほど行くと虎口と二ノ丸がある。
その西に堀切があり、屈折して竪堀に繋がっています
本丸には北に土塁が残っていたり、
四阿や説明板の「岩櫃城本丸址」の大きく立派な
木碑が建てられていたりして、帯曲輪は
発掘調査中であるとの事です。

竪堀が残されていて当時の様子が伺えますね。
現在では木々が生えて見通し悪いですが、
戦国時代は敵が何処から攻めてくるのか
よく見えたでしょうね。
岩櫃城の恐ろしさは郷原城に柳沢城など複数の
支城で連携構築されて、敵が何処から攻めて来ても
対処できる構造になっていたのが、鉄壁の堅城と
言われた理由の一つだと思います。

本丸から少し行くと二ノ丸にたどり着きます。
本当ならもう少し見て行きたいところですが
このまま中城の方まで降りて行きたいと思います。

途中の分かれ道で群馬原町駅方面の矢印が
あるので、そちらの方に進んで行くと
中城にたどり着きます。
私が行ったときは草木がけっこう茂っていて
わかりにくかったですが、
本丸の東側に位置し攻め込む敵が
斜面を横方向に移動するのを規制するために
設けられた竪堀により区画されていました。

この中城は平沢登山口からは山道(遊歩道)を
5分ほど登った場所にあってすぐです。

登り口に「岩櫃城跡」の石碑の由来説明板が
建てられています。
近くには岩櫃山登山口休憩所などがあり、
パンフレットなどもおいてありますよ。
観光案内所の近くからは出浦淵真田家臣だった
出浦氏の館があった場所と橋台跡が歩いて行ける
距離にあります。
今回は行けないですがまた訪れたときは
こちらの方も行きたいと思います。

そして最後に観光案内所に入ってみましょう(^^♪
この観光案内所の中には岩櫃城の全体がわかる
ジオラマがおいてあり、ここを先に見てから
城跡を回るのも良いですね。
この観光案内所には岩櫃城について詳しく
書かれている本なども販売されているので、
ここで購入して本の内容と実際の城跡の
感じなど見比べてみるとより深く岩櫃城の事が
知れると思います。
今回の岩櫃城跡の観光案内所でのお土産は
御城印ニ枚と真田紐がついたお洒落な
熊よけ鈴でございます。
昔より熊がいつ何処から現れるのか
わからない状況なので、
もしもの時のためにも岩櫃城跡を歩く際は
こういうアイテムもあれば安心ですね。
個人的には熊よけスプレーもあれば
良いですが、いざ目の前に熊が現れたら
素早く吹きかける事ができるのか
自信はありませんので、普段から訓練しとくに
こしたことはないですね。

ではまた次の記事でお会いしましょう(^^)/〜
真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 後編 おわり
真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 前編
皆様こんにちは(^^)/ユキスナです。
真田一族が誇る岩櫃城に出陣したいと思います。
岩櫃山をトレッキングしてきた様子も合わせて
記事にしていきますよ!
それでは初めに岩櫃城跡までの交通手段を
見ていきましょう。
真田氏が勝頼公のために建築した屋敷跡地である
潜龍院跡地までは歩いて25分くらいですかね。
潜龍院跡地に行かず岩櫃城跡に直接行く場合は、
群馬原町駅で降りて歩いて行けます。
私の場合は潜龍院跡地から岩櫃山の尾根を
トレッキングしながら岩櫃城跡の方に行ったので、
行く場合はちゃんとトレッキングの装備は
整えておいたほうが良いですよ。

駅の近くや潜龍院跡地に行く途中には岩櫃山に
登る登山道などわかるマップが設置されて
いるので、是非参考にしてみてください。
途中道に迷いそうになる所があるので、
注意してくださいね。
ひたすら歩いていくと、ようやく潜龍院跡地に
到着しました。
この場所には簡易トイレもあるので、
そのまま登山に行かれる方も安心でございます。
あくまでも簡易トイレなので水に流せる
ティッシュなどがあると、
トイレットペーパーが無い!という悲劇は
防げるかと思いますw

この潜龍院跡地(古谷御殿)とも言われていて、
織田徳川との戦いで劣勢になった主君の
武田勝頼公を迎えるべく3日で造りあげた
御殿であり、守りも完璧です。
東には郷原城があり西は多勢が容易に攻め込めない
狭い道であり、南は土塁と急斜面により守りを固め
北は岩櫃山がそびえ立つ鉄壁の防御です。
もし勝頼公が小山田信茂がいる岩殿城に行かずに、
何度もそう考えてしまいますね。
この場所に来ると余計に想いが強くなります。
では登山道を通り岩櫃城の本丸のある場所へ
向かいたいと思います。
ここから向かうには赤岩通りと十二様通りがあり、
最初赤岩通りから行こうと思いましたが、
まだまだ登山初心者の私は断念して
十二様通りの方からチャレンジする事に
しました。何度も言いますがトレッキング装備を
きちんと整えてから挑戦してくださいね。
念の為熊よけの鈴とかもあった方が良いかも
しれません。


潜龍院跡地の奥の方にある矢印の看板に
向かって歩いて行きますと、
東の防御の要である出城の一つの
郷原城跡地がございます。
堀切や竪堀はわかりづらいかもしれませんね(^_^;)
もう少し見たいところですが、先に進みましょう。
ここまでの道はまだ優しい感じです。


ここから岩櫃城の本丸までの道のりはけっこう
険しい場所もあります。
ここは極端に狭い道になっており、鎖が設置
されています。足元が安定せず危ないので
この場所は注意が必要です。
十二様通り最大の難関と言っても過言では
ないと思います。
鎖をしっかり掴み足を何処の位置におくか
慎重に考えゆっくり進みましょう。
この難所を通り越して少し歩いて行くと、
赤岩通りの鎖場と合流します。
赤岩通りと言う名前の通りここらへんの
岩盤は赤くなってますね。
それではここら辺で少し休んでから、
尾根を進んで行くとしましょう。
矢印の案内板が見えてきますが道が
わかりにくいので、気おつけてくださいね(^_^)
山頂の方向の道標もありますが今回は
岩櫃城跡地の方に向かいます。

本丸跡地に向かう前に眺めの良い場所があるので
上州の山々を見ていきましょう。
麓の方を見ると岩櫃城に攻め来る敵の動きが
手に取るようにわかりますね。
そしてここから少し行くと天狗岩が眼前に
現れます。何故天狗岩なのかはわかりませんが、
この岩の形が天狗の鼻のように見えるからかな(^_^;)

ここらへんまで来たら中間地点ですね。
今回はここまでが前半でございます。
後半は次回の記事で紹介します(^_^)/では
真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 前編 おわり
真田の鉄壁の城岩櫃城へいざ出陣 後編へ
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編
こんにちはユキスナです(^_^)/
今回は南総里見八犬伝ゆかりの地巡り後編を記事に
していきますよ!知ってる情報もあるかも
しれませんが温かい気持ちで読んでみてください。
それでは館山駅から出発しましょう。
館山駅西口の観光まちづくりセンターには
レンタサイクルもあるので
利用してみるのも良いですよ。
バスより小回りがきくので、
観光名所めぐるには最適かと思われます。
1つ気おつけたいのはわりと道が狭いので
車には注意したほうが良いということですね。
そしてレンタル自転車の種類はというと、
*電動アシスト付自転車
1日2000円 2日目(10%割引)1800円
利用時間9:30〜17:00
団体(10名以上)10%割引
1時間以上2時間未満500円
2時間以上3時間未満750円
3時間以上4時間未満1000円
4時間以上5時間未満1250円
5時間以上1500円
1泊する方は利用料金+500円
*クロスバイク
1日3000円 2日目(10%割引)2700円
*ロードバイク Eバイク
1日5000円 2日目(10%割引)4500円
団体(10名以上)10%割引
貸出、返却場所は館山駅西口観光案内所です。

里見八犬伝の物語をより詳しく知るために館山城へ
まずはせっかくなので地名にもなっている
北条海岸の方に行って、海を見に行ってみましょう。
夏の南房の海は綺麗で最高ですね(^^)
暑い日が続いてると海に入って泳ぎたくなります。
ちなみにこの北条海岸はあの戦国時代の北条氏に
関連した場所ではありませんよ(^.^;

では海風を感じながら海沿いを館山城方面に
移動したいと思います。
海からも城は見えましたが、近くに来ると
よりわかりますね。
館山城の天守は福井県の丸岡城をモデルにした
模擬天守だそうです。
カッコイイですよね。

館山城は現在城山公園として整備されていて、
親子連れでも恋人と来ても、一人できても
楽しめます。

では天守行く前に何か食べたいと思う方には、
城山公園入口近くにある、里見茶屋が
オススメですよ。
里見茶屋 甘味処·和菓子
営業時間は10:00〜18:00です。
クレジットカードは利用不可
座席は25席程度ですね。

メニューはお団子メインですが、
かき氷やジェラートなどもあります。
ガッツリ食べたい方には城山やみつきポークカレー
などもありますよ。
単品で色々な種類のお団子がありますが、
私のオススメは団子セットの房州里見団子です。
八犬士にちなんで八本の色々な種類の
団子が少しずつ楽しめます。
こしあん団子、つぶあん団子、ごまあん団子
くるみあん団子、ずんだ団子、ピーナッツ団子
みたらし団子、しろあん団子(はちみつ入り)
930円でございます。

お腹がいっぱいになったところで、
いよいよ本丸がある場所に
向かってみましょう。
館山城は1580(天正8年)里見義頼が築城した
城で平山城です。
坂を上がる前に切岸も見ていくと良いでしょう。
急斜面を石垣代わりにした人工の城壁が
残されています。
それでは木々に囲まれた坂道を少し進むと、
本郭東側に位置していた新御殿があったとされる
場所が見えてきます。この場所は最後の城主である
里見忠義公の御殿跡があった場所であります。


今では御殿跡地がお洒落な花のお庭に
整備されていました。
戦国時代に活躍したお城の敷地にひまわりの花が
咲いてるのは、時の流れを感じ現在平和だという
事がよくわかりますね。では模擬天守に行きたいと
思います(^_^)/

現在は城山公園として整備されているので、
ここまで簡単に上がってこれますが、
戦国時代は簡単に城攻めできないように
造っていたと思うので、ギャップを
感じたりして楽しむのも良いですね。
階段を上がっていくと八犬伝博物館である
模擬天守が姿を現します!
模擬天守の近くには里見城跡石碑があり、
その石碑の近くに里見の千力猿の像もあります。
この千力猿は戦国時代に里見家に飼われていた
猿で、千人力の怪力を誇り敵との合戦の時には
大活躍したという伝説があります。


千力猿は今も里見家を守っているのですかね。
千力猿の力に少しでもあやかりたいと思い
願いを込めて祈り、まずは博物館の中に入って
みようと思います。
八犬伝博物館(お城)·館山市立本館博物館
開館時間 9:00〜16:45(16:30分までの入館)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)
年末年始
個人 団体
観覧料 通常期 一般 400円 300円
小·中学生、高校生 200円 150円
特別展会期中 500円 400円
300円 250円
博物館 1階 NHK人形劇場「新八犬伝」のビデオ
放送もされていたり、人形劇場で
使用された人形の犬塚信乃、浜路、
犬山道節なども展示されています。
里見八犬伝のストーリーがわかるように
登場人物の紹介などしています。
2階〜3階はより内容がわかるように
物語を解説しながら絵や文字で
展示されていて、一つの本を見てる
かのようにわかりやすくしてあります。
犬の八房と育ての親のタヌキの模型も
ありますよ。
この博物館に来る前に予習として
里見八犬伝の本を読んでくるとより
楽しめると思いますよ(^^)
そして4階展望台は
館山湾と館山の街が一望できます!
晴れた日は特に綺麗なので是非
訪れてみてください。
この場所から海の方は丸見えなので
敵が海から来てもすぐわかりますね。
こちらの館山城の博物館の方は主に里見八犬伝
関連の展示物中心です。
お城の下の方にある本館で里見氏関連の歴史
展示物や民俗展示物や企画展示物などが見れます。

ずっと眺めていたい景色ですが次なる場所に
向かうことにしましょう、八犬士のモデルになった
八遺臣の墓に行ってみます。
八遺臣の墓に行く途中には日本庭園や茶室なども
あるので興味ある方は是非。
少し進んだところには第二次大戦中に
弾薬倉庫として使われた洞窟もあります。
ちなみにこの近くにトイレもありますよ。
梅の庭園場所あたりは義康公の御殿跡や江戸時代末に
館山藩が火薬類を保管した倉庫なども残っています。


火薬庫用洞窟跡を左の方に行くと南斜面尾根の堀切や
櫓台跡(やぐらだいあと)も見えてきます。
この尾根道を下った先に八遺臣の供養塔が
見えてきます。
この八遺臣は里見八犬士のモデルになっている
と言われていて、里見安房守忠義の家臣です。
里見忠義は慶長十九年に倉吉に転封されました。
元和八年二十九歳に関金町堀で逝去し、
その後を追うように八遺臣は殉死したのです。
忠義のために死を選んだ姿に感銘を
受けた曲亭馬琴はここから里見八犬伝を
描いていく事になるのですね。
ここより南側の住宅街には館山藩の陣屋跡地や
里見氏の家臣である印東采女の居宅で
使用されていた井戸(采女)うねめの井戸)も
残されています。
そちらの方にも是非訪れてみてください。

館山城と里見八犬伝関連のお土産
館山城の一番のお土産といえば御城印です。
館山城と稲村城の御城印は300円です。
(稲村城の御城印も売ってます)
八犬伝博物館受付で買えますよ!

200個限定ストラップ800円
義のストラップ500円
里見八犬伝ストラップ500円
南総里見八犬伝ポストカード500円
伏姫のストラップは限定200個なので、
売り切れてる場合もあるので、
注意が必要です(^.^;
今回は里見八犬伝でも登場した館山城に
訪れてみましが、まだまだ知らない魅力や
場所があると思うので、引き続き
里見八犬伝関連の縁のある場所の記事を
書けていけたら良いと思います。
八犬伝まるわかりBOOK参照
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編 おわり
次回の記事もお楽しみに(^_^)/
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 前編
皆様こんにちはこんばんは!ユキスナです(^^)/
今回は千葉県南房総にある南総里見八犬伝に
関係する地を探索してまいりました。
伏姫や八房が暮らした伝説の地へ
南総里見八犬伝は江戸時代後期に活躍した作家
曲亭馬琴の作品であり、映画にも漫画本にもなって
有名ですよね。
今回行く場所は南総里見八犬伝の中でも登場した
伏姫籠穴(ふせひめろうけつ)という場所に
行きたいと思います。
伏姫と八房が暮らした洞窟ですね。
交通手段は東京駅からだと
京葉線と内房線を乗り換えながら
岩井駅まで行くのに2時間半くらいです。
岩井駅から歩いて伏姫籠穴まで30〜40分は
見たほうが良いですね。
車だと鋸南富山IC下車10分です。
伏姫籠穴のある場所には車停められる
場所はありますが、そこまで行く道が
細かったりして少し怖いかもしれませんね。
それでは岩井駅から出発したいと思います(^^)/
今回は富山山頂にある八犬士終焉の地も
訪れたいと思っているので、登山ルートも
確認しておきましょう。

朝早く来る場合はお店がどこも開店してないので、
あらかじめパンやおにぎりなど食料を持って
来たほうが良いですよ。
駅周辺など行く道すがらコンビニは無いので
注意です。駅前にお土産屋さんがありますが、
パンやおにぎりなどは無くお菓子などお土産類
だけなので、食料は持参しましょう。
岩井駅を出て直ぐ左の方に歩いていくと
伏姫と八房の像がある公園があります。
車で来ると駅近くにあるこの公園を見逃して
しまうので注意しましょう。
やはり目に見てわかる物が存在してると
わかりやすくて良いですよね。
里見八犬伝の世界に入れます(^^♪

この公園を通り過ぎると左側に踏切が
あるので、そこを渡ってひたすら
まっすぐ進んでいくと伏姫籠穴の案内板が
見えてきます。

案内板をまた左に曲がっていくと、先の方に
学校が見えてくるのでそこを右に進むと
細い道が現れるので、そのまま歩いて行きましょう。
山の中に通じる道なのか周りの雰囲気が
変わったように思えて、少し怖い感じがしました(^_^;)
私が行った時は前日雨が降ったのか、
道に水たまりが多かったように思えました。
雨が降ったときは道が滑りやすくなってるので、
歩くときは注意が必要です。
道の右側は急な斜面になっており下に小川が
流れています。子供が覗き込んだりすると
危ないので気おつけてください。

木々で囲まれた道をゆっくり歩いていくと、
何だか戦国の世にタイムスリップしたような
不思議な感覚があり、南総里見八犬伝の世界に
段々入っていくような気持ちになりました。
周りには人の気配がなく木々の陰で少し
薄暗い感じもして、いよいよ目的地が近い事を
感じさせてくれます。
普段都心では感じないような雨降り後の
コケなのか土なのか自然の匂いを
体に取り込みながら進んだ先に
昔話に登場するような山寺の門前が目の前に
現れました。
伏姫籠穴に到着です(^_^)
入口近くの門の奥にある犬塚の石碑には
伏姫が眠っていると言われてます。
ここまできてトイレに行きたくなったり
しますよね、大丈夫です!
入口右側にトイレもあるので安心ですよ。
周りが森なので虫が急に出てくるかも
しれませんが、そこはしょうがないですが(^_^;)
㊟この近くには自販機など何もないので、
水分補給できる物をあらかじめ持ってくる
ようにしましょう。


それでは門をくぐり異世界に入って行きましょう!
伏姫や八房は物語の中に存在しているはずが、
何故か実際の場所にも洞窟が存在しており、
誰がいつ作ったのかは不明のままで
未だなおわからない謎なのであります。
ここで一つ南総里見八犬伝の物語を
簡単に説明しますと、戦国時代の安房国
(現在千葉県南部の場所)を支配していた
里見氏の物語です。
里見家は安西家と安房国をめぐり争い
里見義実が自分の城で籠城していたとき、
冗談で飼い犬の八房に敵の大将の首を
とってきたら、自分の娘である伏姫の
婿(むこ)とすると約束しました。
すると八房は本当に敵の大将である、
安西景連(あんざいかげつら)の首を
とって手柄をあげました。
里見義実は約束を守らず八房に
食べ物など褒美を与えますが、
受け取らず里見義実は怒りました。
しかしその姿を見た伏姫は
父である義実に約束を守るように
頼みます。
そして伏姫と八房は富山の洞窟に住むことに
なるのです。
しばらくすると伏姫には八つ子がお腹に
宿ってることを、神童から知らされて
伏姫は死を覚悟します。
そんな時に義実が伏姫を救うべく富山に
金碗大輔(かなまりだいすけ)婚約者を派遣して
八房に向けて銃の玉を放ったのですが、
玉が伏姫にもあたってしまい亡くなって
しまいます。
その伏姫の亡くなった遺体から八つの
光の玉が出てきて四方八方に飛んで
行きました。
その後各地に玉を持つ八人の若者が
生まれて、不思議な縁により出会って
行き里見家のため戦っていくことに
なるのです。
そんな南総里見八犬伝の物語を話してる
うちに、どんどん周りは静寂に包まれていき
鳥の鳴き声だけが優しく耳に響く心地よい
感じになってるのが全身でわかりました。
最初は怖い感じもしましたが導かれるかのごとく、
コケの階段をひたすら上がって行くと


何とも言えない幻想的な場所であり、
神々しさすら感じられる場所にたどり着いたのです
この場所は八角形の舞台となっており、
それぞれの柱には八犬士の名前が入っています。
伏姫舞台と呼ばれているらしいですね。
八犬士全員の名前を見ていきますと、
1.仁の玉を持つ犬江信兵衛仁
(いぬえしんべえまさし)
2.義の玉を持つ犬川荘助義任
(いぬかわそうすけよしとう)
3.礼の玉を持つ犬村大角礼儀
(いぬむらだいかくまさのり)
4.智の玉を持つ犬坂毛野胤智
(いぬさかけのたねとも)
5.忠の玉を持つ犬山道節忠与
(いぬやまどうせつただとも)
6.信の玉を持つ犬飼現八信道
(いぬかいげんぱちのぶみち)
7.孝の玉を持つ犬塚信乃戍孝
(いぬづかしのもりたか)
8.悌の玉を持つ犬田小文吾悌順
(いぬたこぶんごやすより)
あくまで小説の中の登場人物達ですが、
我々読者に強い影響力を与えるほど
魅力ある人間だからこそ、
実際の伝説の地であろうこの場所にも
関連する物を作りたい、多くの人々に
見てもらいたいと願う地元の人々の思いが
伝わってくるようで良かったです。

ここまでくれば洞窟まであと少し!
洞窟の入口近くには扉がありその先は細い
階段になっているので、足元注意です。
どんどん近づくにつれ鳥肌が立つような
感じがして不思議な気持ちになり、
本当に今にも伏姫と八房が出てくるような
感じがしました。

洞窟の入口の高さは1m間口2m奥行き6m
奥の天井の高さは1m80cm
洞窟全体直径3m60cm
昔の人の身長150〜160cmくらいで言えば
暮らせそうですね(^_^)
入口から奥の方を見てみると、
八犬士の「仁義礼智忠信孝悌」の玉が置いて
あります。まさに今でも八犬士がこの地を
守ってる感じがしますね。

八犬士と伏姫にパワーをもらったあとに、
いよいよ八犬士終焉の地である富山山頂に
行きたいと思います。
伏姫籠穴の最初の入口まで戻ったら、
右の方の道に富山山頂へのルートが
あります。しかし!
よく看板を確かめてみると落石や倒木などで、
道が危険なので、こちらのルートから
登らないでくださいと書いてありました(+_+)
ちょっと途中まで様子見してきましたが、
やはり危険だということで、今回は断念して
八犬伝の博物館のある館山城に向かいたいと
思います!

富山山頂の終焉の地へは日を改めて
別のルートから行きたいと思います。
その時はまた更新いたします(^^)/
おまけ
帰り道綺麗な蝶々が現れたので伏姫が
別れの挨拶しにきたのかと勝手に妄想して
楽しんでました(^_^;)
注(多分この蝶々は水を飲みに来たのであり、
そのほとんどがオスらしいですねw)

八犬伝まるわかりBOOK参照
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 前編 おわり
南総里見八犬伝ゆかりの地巡り 後編へつづく
黄金を探しに湯之奥金山博物館へ
こんにちは皆様元気でいらっしゃいますか?
ユキスナです(^_^)/
今回は武田軍の財政を支えた金山の事をより詳しく
知るべく、山梨県の身延町にある湯之奥金山博物館に
行って来たことを記事にします!
甲斐の国の金山を支えた金山衆!!
最初に湯之奥金山博物館までの交通手段を
紹介しますと。
新宿から甲府まで特急列車で1時間30分で、
甲府から下部温泉駅まで身延線に乗り換えて
1時間です。
特急ふじかわの券を買って行けば40分くらいで
行けます。

私は初めて身延線に乗るので途中の駅も
見てみたいという気持ちがあったので、
時間をかけましたが、急ぎの方は
特急列車に乗ったほうが良いです。
甲府駅の1番ホームの先に身延線乗り場が
ありますよ。

ここで一つワンマンカーの乗り方や運賃の支払方法を
みていきますと、ワンマンカーは普通の電車のように
乗るとき自動でドアが開かず、乗降口の横にある
ボタンを押して乗ったり降りたりします。
駅のホームには乗車位置があるのでその前でお待ち
ください。
電車が来て乗るときは必ず整理券をお取りください。
甲府駅から切符を買って無人駅で降りる場合は、
電車から降りるとき車掌さんに
切符を渡してください。
逆に無人駅から電車に乗るときは、切符を
買うところがないので電車に乗車するとき整理券を
とって、甲府駅についたら1番右側の改札口に行き、
整理券を見せて精算してください。
無人駅から無人駅に降りる場合は整理券を取り
降りるとき車掌さんに整理券を見せて精算して
ください。
車内精算だと1万円や5千円は両替不可なので
そこは注意ですね。

下部温泉駅についたら時刻表もチェックして
おきましょう!
たまにネットで調べた時刻表と違う場合があるので
気おつけてください。

下部温泉駅は待ち合い所的な感じで改札口や
切符売り場はありません。
先にお昼をとりたい方は駅近くの丸一食堂さんを
オススメします。
馬肉を使ったさくら丼やヤマメそばやほうとうも
食べることができますよ。
お昼頃は混み合うので、少し時間をずらして行くと
スムーズにお食事ができると思います。

下部温泉駅から湯之奥金山博物館まで近いので、
道はわかりやすいです。
下部温泉駅の前の道を進んで行くと橋が
見えてくるので、そこを渡ったら右側に
見えてきます。

湯之奥金山博物館に入る前にその手前にある
黄金の湯に入って、疲れた足を
癒やしてあげましょう。

泉質はアルカリ性単純温泉で良い具合に
硫黄の匂いがします。
色も黄金色に見えて金山博物館にふさわしい
足湯ですね(^^♪
ではいよいよ館内を巡って行きたいと思います!
湯之奥金山博物館さんの入館料は
入館料 大人 中学生 小学生 未就学児
展示観覧 500円 400円 300円 無料
砂金取り体験 700円 600円 500円 500円
観覧·体験共通 1100円 900円 700円 500円

金山博物館に来たからには砂金取り体験は
欠かせないので、観覧·体験共通の券を買いましょう
まずは館内を巡り金山について学んでいきます。
エントランスの右の方に展示ブースに進む道が
あるので、行ってみますと最初に目に入って来たのは
金山坑道を模して立体的に作られたアーチです。
実際の坑道には入れませんが何となくでは
ありますが、坑道の狭さを体験することが
できますよ。
さらに奥に進んで行くと金山で採掘していた
金山衆の暮らしがわかる、ジオラマと映像の
展示スペースなどもあり歴史がわかりやすく
学べて良いです。
ジオラマ展示スペース前のボタンを押すと
映像が始まりますよ。






この地域の金山衆の活動拠点は毛無山の山腹にある
中山金山、内山金山、茅小屋金山の三つの
金山を湯之奥金山とよびそこで高い技術を駆使して
採掘していました。
戦がおきたときは戦国大名である武田氏の要請に
応じて、戦場におもむいていました。
特に城攻めの際の水の手を断つ事に関しては
金山衆の坑道堀の技術が役に立ち、
松山城や長篠城や野田城などを攻めた時
活躍しました。
戦国時代初期頃は地表近くの鉱脈を露天掘りで
掘っていましたが、だんだん枯渇するようになり、
地中深く掘り進んで行ったと思われます。
砕く前に鉱石を焼き窯の中で焼いてもろくさせると
後々砕く作業が楽になります。
掘り出された鉱石は細かく砕く作業(粉成こなし)
砕く、磨る(する)、挽く(ひく)などの工程を経て
ゆり板採りなどの技法で金銀を細かく分けて
いきます。
石臼の中に水と鉱石を砕いた物をいれたら、
よく回していきます。鉱石が泥上に微細化され、
ゆり板(網目のはいった板)でそこに微細化された
金が溜まっていきます。
その溜まったゆり板を水の入った木組みの箱の中に
入れて網目の金を落としていきます。
そうしてゆり分けられた自然金には色々な不純物が
混ざっているので、灰吹作業で取り除きます。
こうした作業で取り出した金を吹金と呼びこれで
鋳造してできたのが甲州金として使われました。
戦国時代はこういう金山や銀山など多くの場所で
採掘されていたのですね。
色々な種類の甲州金が展示されていて、
中々見れないので是非ご覧ください。
江戸幕府の貨幣制度は甲州金の貨幣制度を
参考にしてつくられたみたいです。
武田家は滅亡しても良い制度は後世に
残っていくんですね。
甲州金の展示スペースを進んで行くと、
金山衆が金を鉱石から取り出していく過程を
人形を使って分かりやすく説明されていたのは
良かったと思います。
そのままさらに進むとエントランスに
戻ってくるので、砂金取り体験に挑戦して
みましょう(^^)/
初めにパンニング皿と砂金を入れる小さな
入れ物をもらいます。
係の人が砂金取りのコツを教えてくれるので、
しっかりと聞きましょう。
まずはじめに砂をパンニング皿いっぱいにすくい
水の中で左右に回すように揺すったら、
少しずつ砂を落としていきます。
砂が少なくなってきたら、パンニング皿を縦にして
皿の凹凸部分に砂金が引っかかるようにして
砂を流していきます。
砂金取り体験の時間は30分なので作業は
立ちっぱなしなります。けっこう腰にくるので
休みながらなんとか頑張りましょう!!
これだけの作業でも大変なのに、実際には
他の工程もあると思ったら金の重要性が
余計にわかります。

大人の人が30分でとる数はおよそ5個くらい
らしいです。私は惜しくも4個でしたが
中には10個以上の強者もいるらしいです。
大会などのイベント何かも開かれたり
しているので、挑戦してみるのも良いですね。
そして砂金取り体験後に施設関係者の方からの、温かいおもてなしのしいたけ茶が何より美味しかったです。

湯之奥金山博物館で戦国最強と言われた
武田軍の財政を支えていたであろう黄金の魅力を
肌で感じられ、そこに存在していた金山衆の
掘削技術とそれを上手く戦に利用した武田氏との
深い関わりが良く分かりました。
武田氏が滅亡したあとも金山衆の活躍は
その後も続き、江戸幕府を開いた徳川氏の元で
金山開発は進められていき、金山衆の技術は
全国の金山銀山の掘削作業に影響をあたえて
いきました。
↓湯之奥金山博物館の前の川でも砂金が
取れるかもしれませんが凄く難易度は高いですので
博物館で体験する方が危険もなく、安心して
できますよ。

今回の湯之奥金山博物館でのオススメのお土産は
こちらでございます。
左から「これでよしなに」ユーモアある
商品名ですねw中に甘いお煎餅とレプリカの小判が
入ってます。その隣が小判型入浴剤これもまた
お土産にもらったら嬉しいですね。
そして最後のしいたけ茶は砂金取り体験後にもらった
味が美味しかったので、金箔入を購入しました。
他にも面白いお土産あるので是非お土産コーナーに
お立ち寄りください。



では今回はこのくらいで次回をお楽しみに(^_^)/
◇甲斐黄金村湯之奥金山博物館展示図録参照
黄金を探しに湯之奥金山博物館へ おわり
河口湖畔に存在する武田軍の天上山砦を訪問
こんにちは(^_^)/ではでは前回の天晴号乗船から
ロープウェイに乗り変えて、天上山砦に行って
みたいと思います。
遊覧船乗り場からロープウェイ乗り場まで歩いて
数分なので、楽に行けます。
アクセス 車:中央道河口湖ICから15分
電車:JR中央線大月駅から富士急行線に
乗り換えて河口湖駅で下車徒歩10分
河口湖周遊バスだと5分
天上山砦の頂上に現代の乗り物でひとっ飛び
カチカチ山ロープウェイの営業時間は
平日 9:30〜16:00
土休日 9:30〜17:00
料金
個人
往復大人 900円 障害者450円
往復小人 450円 障害者230円
片道大人 500円 障害者250円
片道小人 250円 障害者130円
団体
一般
往復大人 810円 往復小人 410円
片道大人 450円 片道小人 230円
学生
往復大人 720円 往復小人 360円
片道大人 400円 片道小人 200円
セット券購入でお得になります。
ロープウェイ往復+遊覧船
大人 1600円(300円オトク)
小人 800円(150円オトク)
ペット(小型、中型)
ゴンドラ内に乗せるときにハードケースに入れて
乗車可とのこと。有料でございます。
補助犬につきましてはそのまま同伴乗車可とのこと。
障害のある方は窓口で手帳を見せると割引して
くれますよ!
パンフレット参照
ロープウェイは3分くらいであっという間に
頂上に着きますので、全然怖くないですよ!
戦国時代は歩いてこの山を登って行ったのですかね。
山の上に砦を築くことは防衛上重要な事ですが、
実際に造るのは大変だったと思います。

河口湖の絶景を見ながら頂上に到着で
ございます。

この天上山は芥川龍之介のカチカチ山の舞台にも
なった山であります。
簡単にどんな物語かサラッと言いますと、
悪いたぬきが優しいおじいさんとおばあさんを
だまして、おばあさんを死なせてしまった。
おばあさん達と仲の良かったうさぎはそれを知り
たぬきに復讐すべく、知恵を絞りまきを背中に
せをわせた状態で火打ち石でまきに火をつけて、
(この時の火打ち石でカチカチ火つけようとした
ことからカチカチ山と呼ばれています。)
背中を火傷させたり、その傷口にわさびを塗って
こらしめたりしました。最終的にたぬきを泥舟に
乗せて死なせてしまいます。
これだけ説明しますと凄い話しですね。

この下の写真にもあるようにたぬきの背中の
まきに、火をつけようとしてるのが
わかります。
可愛らしい動物の姿なのに、やっていることは
凄いですね。
頂上にはたぬき茶屋やうさぎ神社もあって、
女性にも人気です。
たぬき茶屋では秋限定のソフトクリームや
たぬき団子にうさぎ団子などカチカチ山に
ちなんだ食べ物もあるので是非紅葉を見ながら
食べて見てください。
ここで今回もトイレチェックをしてみますと
たぬき茶屋の中に確認できました!

たぬき茶屋のある場所からさらに進んでいくと、
武田信玄の戦国広場 絶景やぐらが見えてきます。
天上山砦があったであろう場所にこういう場所が
造られると訪れる人も嬉しいですよね。
信玄公や武将に姫などの顔出しパネルがあったり
旅の良い思い出になります。

この天上山砦にはかつて烽火台があって、
ここから北に位置する御坂城と連絡をとりあっていた
みたいです。
(烽火台とは火を燃やしてけむりをあげて連絡
手段として使われていた場所)
武田家が滅亡した後におこった天正壬午の乱のときに
徳川家と北条家が甲斐の国と信濃国をとりあって、
戦いました。
北条氏忠と北条氏勝が甲斐に侵攻した際に
御坂城に入って、秩父方面からくる北条氏邦が
甲斐に入るのを待っていました。
新府城に陣をかまえていた徳川家康と佐久方面から
侵攻してくる北条軍の主力とにらみ合いが続き、
御坂城からも北条軍1万の兵が甲斐に
なだれ込みましたが、鳥居元忠が2千の兵で
撃退する事に成功します。(黒駒の戦い)
このあと徳川と北条は和睦していく事となり、
御坂城と天上山砦の烽火台は使われる頻度は
少なくなっていきました。
天上山砦はロープウェイがあって行きやすいですが、
御坂城はけっこう山の上にあるので、是非装備を
きちんと整えてから行かれることをオススメします。
↓戦国広場のやぐらの上から撮った写真です。

天上山砦から南の方を監視すると北条軍がどうやって
侵攻して来るのか、よくわかりますね。
ここで敵の侵攻を察知し烽火台で御坂城に
伝えてから、さらに甲府の信玄公の元に
知らせがいくという事ですね。
現在でも絶景広がるこの場所に、砦と烽火台を
築く事の重要性がどれだけ大切かが、
わかります。
そんな絶景広がる場所にブランコが
設置されている素晴らしさ(^_^)
利用時間
午前10:00〜11:00
午後13:00〜14:00/14:30〜16:00
料金1回1人500円
販売場所はたぬき茶屋さんです。
整理券をもらって乗りに行きましょう!
身長110cm以上、体重100kg未満が利用条件
らしいです。
パンフレット参照

たぬき茶屋の上に行くと、ここにも
河口湖多佳美さんがいますね♪
武田菱の赤も綺麗です。
是非この場所に来てツーショットで写真を
撮ってみてはいかがでしょうか(^^)/
晴れていたらバックの富士山も綺麗ですよ!!

それではそろそろロープウェイで下山していきたいと
思います。
ロープウェイ乗り場から歩いて河口湖駅に行く途中に
河口湖チーズケーキガーデンというお店があるので、
疲れた時の糖分補給にも最適ですし、何よりも
お土産としても良いですよ。
そして駅前にあるこの足湯!!入らなければ損
だと思います!!実は私は時間がなくて
入れなかったのです(TT)皆様は是非
歩き疲れた足を癒やしてくださいね。
河口湖畔にある武田軍の天上山砦を訪問 おわり
次回は武田軍の財政を支えた金山の事を学びに
湯之奥金山博物館に行ってきたことを記事に
していきます(^_^)/お楽しみに!